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思えば遠くへ来たもんだ。

ふと後ろを振り返ったら、今まで歩いてきた景色が わっと鮮やかに広がっているのが見えた。
色が濃いというのではなく、何と言うのだろうな、全部の色が自分から輝いている。命を謳歌している。それがとても広々と、どこまでも広がっている。
世界ってこんなに鮮やかに幸せなんだ。私の世界って、こんなに光なんだ。
それはもう何と言うか、ご褒美のように美しい。

私は8歳の時に、いろんなことを諦めた。誰かに助けてもらうこと、誰かに支えてもらうこと、誰かに心から甘えること。誰かに愛してもらうこと。そんなことを。
それは諦めないとこの先を生きていけないと思ったからだ。
助けてもらったり、甘えたりできるほどの価値もない自分が生きている。こんな奴が生まれてきてしまった。それはとても申し訳ないことだ。存在させてもらってるだけありがたいのだから、それ以上を望んではいけない。生まれてきたことが既に罪なのだから、一生かけて罰を受けて、償わなくてはいけない。それは私の自業自得だから、自分のことは、自分ひとりでなんとかしなくちゃいけない。誰も頼っちゃいけない。だから今私が望んでいることは、諦めなくちゃいけない。

その考えが正しいか間違っているかは置いといて、8歳の私には それ以外の価値観を見つけることができなかった。一人で生きていくか、今すぐ死ぬかしかなかった。死ぬのは怖かった。でもこんな暗くて辛い世界を一人で生きてくのも怖かった。どっちも選べないまま立ち尽くしていた。いつも傍に生と死の両方があって、私はどこにも行けなくて、どっちにもいられなくて、そこで平然と呼吸をしている自分が怖かった。

それでも大事なものは山ほどできた。
私みたいなのを大事にしてくれる人もいた。こんなのを大事にしてくれるなんて申し訳なくて嬉しくて、幸せすぎて死にたいと思った。
私みたいな存在も許容してくれる人が、そんな人がいる世界が、好きだった。世界はやさしくて寛大だった。世界は絶対に私を拒否しない。
その安心感を握りしめていたら、どこでもない場所でも生きていけるようになった。相変わらずの獣道だったけど。痣も傷も絶えることはなかったけど。
でもそれが生きていくってことなんだ。全員じゃなくても、きっとたくさんの人がこんなふうに、深くて大きな森の中を、傷だらけになりながらも歩いているんだ。


いや、そうでもねぇよ、って。言われたのは20歳も過ぎてからだった。
お前が歩いてるのは道じゃねぇ。そんなとこで野宿する理由も一個もねぇぞ。そんなとこに引きこもってないでこっちに来てみろ。すごいもんがいっぱいある。お前にも見せたい。
そう言われて狼狽えた。だって、私は、ここを歩いていなくちゃいけないんだもん。それが私の生き方だし、そうじゃなきゃ、私じゃなくなっちゃう気がするんだもん。

気がするだけだろうが。実際歩いてみてから言え。

歩けるわけないじゃん。そんなの赦されてないよ。

知るか。俺がいいって言ってんだ。ぐだぐだ言わずに歩いてみろ、この頑固者。

歩いても、いいの?

いいって言ってるだろ。

……歩きたいって、思っても、いいの?

駄目なわけあるか。そうしたいなら、すればいいんだ。


こうして私は全然違う道を歩き始めた。

なんて言えたらかっこいいんだけど、実際は歩き出すまでも相当長くて、歩き出してからだって、この道の歩き方分かんないとか、足の感触が違って怖くて嫌だとか、もう散々だった。ここまで背中を押されているくせに こうまで変わらないのも、もはや才能だと思う。
でも、まぁ、とにかく、歩いた。時間はかかったけど歩けた。そうしたら今まで見たことなかったものに たくさん出会って、そのたびいちいち私自身が塗り替えられていくのを知った。
それから私が出会って来たものが、どんなに美しかったかも。

新しく出会うものの輝きに、私が握りしめてきた輝きは、ちっとも劣っていなかった。これしかないと縋ってきた、きっと人から見ればちっぽけでみすぼらしくて、私に相応しいだけの輝きだろうと思ってきた。そんなつもりはなかったけど、そうだったんだと気付いた。こんな素敵な輝きなのに。


ばかだ、私は。


ごめんなさい、と思った。
ありがとう、と思った。
私じゃない誰かが集まって作り上げてくれた、全部が素敵な、私の世界。
それが今 私が見ている、この鮮やかな景色だ。

これだけどこまでも広がっている風景を、私は全部知っている。これが私の過去だ。
じゃあ、未来は?


きっともっと広い。そしてもっと鮮やかだ。
いつか振り返った時、私の世界はもっと輝きを増しているはずだ。
あの暗い暗い森が、今 深緑に輝いているのだから。


だから、あの森にいる人に伝えたい。
その森も素晴らしいよ。外だって素晴らしいよ。両方知ったら、両方がどれだけ素晴らしいか分かるよ。

いつか一緒に、森の話をしよう。泣きながらでも、笑いながらでも。

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