水煙草(シーシャ)の灯

はじめて水煙草を見掛けたのは、友人に誘われて行ったヨーロッパだった。夕ご飯を食べて、夜街を歩いていると、道端のレストランでゆったりとしたソファに深く腰掛けたヨーロッパ人が、ふっかふっかと甘い香りをふかしていた。その時は何しろ、そのほっそりとした美しいフォルムと、甘い香りに、道路を挟んだ向かいの道からほうッとした。

先日、知人に連れられてはじめて水煙草の店に行った。こじんまりとしたカフェレストランのような、洒落た扉を引くと、すぐ手前に階段があり、それを上りながら、もうあの水煙草特有の甘い香りに顔中が包まれた。

「2名」と知人が店員に伝えると、ちょうど空いていたひとつのソファに案内された。そのソファは、私がこれまでに座ったどんなソファよりも座席が低く、ソファというより、布団ほど大きなクッションと言った方が正しいようにさえ思った(や、背もたれがあったので、ソファで正しい)。

あまり広くはないホールに、2人がけのソファがそれぞれ1、2メートルほどの間隔を空けて、どれも壁沿いに置かれていた。

水煙草の起源はペルシアと言われ、煙が水を通して僅かにひんやりするため、昼間の気温が比較的高いインドや中近東で主に流行っている。その為か、店には、日本人ばかりでなく、商談で日本へ出張へ来たと言うエジプト人も寛ぎに来ていた。

私は水煙草が初めてだったので、友人の勧めで、初心者でも吸いやすいという「アップル・ミント」を頼んだ。

一口吸って、つい口から零れたのは「あ、美味しい」。

以前、好奇心から紙の煙草を吸ったことが2、3度あったのだが、それらの時は「あぁこういうもんなんだ」という程度だった。バニラの風味だというタバコも、言われてみれば、ふんわりとそんなような香りが口の中に残っているような気がするだけで、美味しくはなかった。

しかし水煙草は、においの通り、くっきりと味がした。

「本当に疲れた時は銭湯か、水煙草」と言う知人に、思わず共感した。

ところで、水煙草の有害性が私は気になった。一応煙草なわけで、口から吐き出した煙は真っ白で、店のホール中に、うっすらと白い煙が立ち込めていた。

様々なサイトを調べてみたけれど、様々な見解があって、水煙草と紙煙草の有害性の違いに関して確かな事はわからなかった。

「水煙草の煙は水を通ってから体内に入ってくるので、水溶性であるニコチンは煙草に比べて微量で、依存性は低い」とか「ニコチンは微量だけれど、タールの量は煙草に比べ相当多い」とか、「水煙草の煙は水を通ってはいるけれど、発がん物質などの毒生成物質は除去できない」とか「水煙草のフレーバーに特に多く含まれるアクロレインは毒性が強く、老化の原因になる」とかとか。

ひとつ言えるのは、「無害ではない」と言う事だけで、ほかに様々な数値があったけれど、1回の水煙草が身体に及ぼす具体的な影響に関しては、わからなかった。

帰宅して数日経ったいまでも、あの蠱惑的な薄暗さと、くっきりとしてどこか懐かしいような、それでいて独特の味わいを、克明に思い出すことができる。

あんまりしょっちゅうあの空間に行ってしまったら、身体にはよくないけれど、水煙草には、実際には現実なんて何も起こっていなかったと思わせるような、胎内を連想させる、幻想的な雰囲気を醸し出す力があった。


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