ようやく卒業宣言。そして、また始めます!
こんにちは。CO-SAKU谷の代表、タカハシアキコです。世田谷区下北沢に「シモキタFABコーサク室」を仲間とともに立ち上げ、運営しています。今回の記事は、お世話になった皆さんに時間はかかったけれど自分で考え歩き始めたことの報告とお礼として、また、これから出会う皆さんには、自己紹介がわりのものとして読んでいただけると嬉しいです。
私は2年前、大学院を中退しました。コロナ禍中、経済的にも精神的にも続けていく自信がなくなり、そっと中退しました。追い続けた「社会的学習基盤としての市民コミュニティのデザインとメカニズム」という研究テーマは、FABコミュニティ「CO-SAKU谷」による「シモキタFABコーサク室」で、「大人も子どもも共に経験し、共に学ぶ」というビジョンをもって実践しています。コーサク室を運営しながら学んでいること、見えてきたこと、そのプロセスを何らか残しておきたい。もしかして「コーサク室を自分のまちに作りたい」という人が出てきら、お役に立てるかもしれない。そんなことをツラツラと思い、あくまでも個人の視点や整理でしか過ぎないのだけれども、少しずつ書いていきます。よかったら、お付き合いください。
2冊の本
先日、コーサク室を見学にきてくださった方に「こんな場所にしていきたいんです」と、これまで描いてきた妄想をお話ししていました。静かに聞いてくださったその方は「これを読むといいと思います」と、1冊の本を差し出してくれました。それは、『未来をつくる図書館』(岩波新書・菅谷明子著)でした。
私の研究の起点は、同じ著者の『メディア・リテラシー』に出会ったことにあります。迷い続けながらも、常に「メディア・リテラシー」が研究の中心にありました。メディア・リテラシーは新しいリテラシーではありませんが、誰もが容易にさまざまな情報にアクセスができる今、人が主体的に生きていくための実践的なリテラシーだと私は考えます。
子育てをしていると、社会のしくみや地域コミュニティの支えに助けられることが多々あります。そして否応なく、地域課題や子どもたちの未来に影響する社会課題の当事者になっていくのですが、支えていただいているにも関わらず、問題点が先に目につき、頑なな価値観や制度にイラついたりします。けれど、イラついても愚痴を言っても何も変わらず、子どもはどんどん成長していきます。果たして私は、愚痴りイラつく一市民のままでいいのか? 資本も人脈もさしたる能力もないけれど、情報へのアクセスはできる。その情報を主体的に活用する力を鍛えたら、ごく普通の市民である自分であっても、見える景色が少し変わり、未来に向かってできることが増えるかもしれない。そんなことを思いながら、研究を続けていました。
『未来をつくる図書館』は、ジャーナリストである菅谷明子さんがニューヨーク公共図書館を丁寧に取材し、市民のための「知的インフラ」としての図書館の役割を紐解いています。私はこの本の内容を参考に、市民コミュニティがつくる学習基盤のイメージを思い描いてきました。菅谷さんの2冊の本は、私の研究の起点とゴールイメージを示すものであったのです。
だから、全く私の背景を知らない方が、コーサク室を見て、私の妄想に耳を傾け、『未来をつくる図書館』を差し出してくれたことに、本当に驚きました。そして、自分としてはこれで卒業としていいかな、お世話になった方々に報告してもいいかな、とようやく思えたのです。
『未来をつくる図書館』を差し出してくださったのは、「博物館はもっと面白い」をビジョンに掲げる一般社団法人路上博物館の館長・森健人さんです。3Dプリンターをコーサク室に設置するにあたり、必要な環境や3Dモデリングの学び方など、たくさんのアドバイスをいただきました。下記の写真は、路上博物館さんのオフィスへお邪魔し、森さんが製作された博物館の標本の3Dモデルを手にしたもの。「路上博物館」の名のとおり、コーサク室にほど近い下北線路街空地のイベントなどでも、この3Dモデルを展示されていたり。sketchfabで、博物館標本の3Dモデルの公開もされています。私は子どもたちと一緒に、動物図鑑を手元に置いてリアルな姿を確認しつつ、3Dモデルを動かして骨格から動物の動きをイメージしたり、さらに気になる動物が出てきたら「ダーウィンが来た」の録画を探したりして楽しんでいます(ステイホームの夏休みの時間の使い方試行錯誤中・・・)。いつか、森さんと子どもたちと、コーサク室で一緒にコーサクしたい!
大学院の学びをふり返ると
大学院で何よりありがたかったのは、先生方のクリティカルなフィードバックでした。なんども「本当にそうか? 何を研究したいのか?」と客観的・論理的に疑問を呈し、考察や検討を促してくれました。自分の持つ経験や知識などちっぽけなものだと気づかされ、先人の研究を貪るように読みました。フィードバックの重要性に気づきまっすぐに受けとめられることもまた、メディア・リテラシーと言えるのかもしれません。中退を決め、シモキタFABコーサク室を実現するにあたって、今、先生方のフィードバックがジャブのように効いています。
出産で休学した時期もありましたが、足掛け約8年お世話になり、お蔵入りした駄文が山のようにあります。その駄文を掘り起こして読み直すと、自分が何を考え、迷い、気づき、ここまでに至っているのかが見えてきます。思考プロセスが見えると、自分で自分の成長に気づかされたりして、アウトプットの重要性を実感し、山のような駄文の存在も案外いいものだと思いました(人にはとても見せられませんが)。
大人になると特に、評価や感情を伴わない建設的なフィードバックは、する機会も受ける機会も少ないのではないでしょうか。シモキタFABコーサク室で実現したいことの一つに、「ポートフォリオとフィードバックのしくみ」があります。大人も子どもも自分のポートフォリオをもち、成長を促すフィードバックが自然に積み重なっていくしくみです。このしくみが、子どもも大人も、コーサク室でのものづくりプロセスや作品を通じて自分の好きなことや得意なことが見えるようになり、さらにはそれを活かして、その人の人生の選択肢を豊かにしていくことができるなら、とても嬉しい。日々の活動の記録を丁寧に残しながら、模索していきたいと思います。
メディア・リテラシー
『メディア・リテラシー』の初版は2000年の発行です。20年が過ぎ、インターネットが浸透し、「メディア」という単語が意味するものはテレビや雑誌といった「媒体」から大きく拡がり、無名な私がこのnoteを書いているように、誰もが情報の発し手になれるのです。そんな今だからこそ、この本で菅谷さんが発するメッセージは、全く古びることなく、さらに強く響きます。
メディア・リテラシーとは、ひとことで言えば、メディアが形作る「現実」を批判的(クリティカル)に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力のことである。
新しく登場したテクノロジーを前に、私たちは今、みずからの手でメディア社会を主体的にデザインしていくことができるエキサイティングな時代に立ち会っている。それが、どのようなものになるかは、筋力を鍛え建設的な思考能力を持つ、メディア・リテラシーを身に付けた人間の存在にかかっているのではないだろうか。
『メディア・リテラシー --世界の現場から--』より抜粋
菅谷さんのメッセージに惹きつけられた私は、「生まれて初めてみたものを親と思ってついていくヒヨコのようだ」と恩師に言われながら、メディア・リテラシーのテーマを何年も追うことになります。会社を辞め、子育てが始まり、保育園問題に直面し、公教育に不安を抱き、タブレットなどデジタル機器を幼少期から使いこなす我が子に驚き、社会課題や自分の経験していない未来像に自然と意識が向くようになると、メディア・リテラシーの捉え方も変わっていきました。情報の受け手として必要なリテラシーを身につけるということは、主体的に社会を見つめる視点を持つことではないか。そして、自分の考えを持ち、発信し、行動することができていくならば、メディア・リテラシーは、まさに人が主体的に生きるための能力だと、実感を持って考えるようになったのです。
組織に属さず資本もない未知な才能が芽吹く場所
『未来をつくる図書館』の目次を開くと、「序章:図書館で夢をかなえた人々」「第1章:新しいビジネスを芽吹かせる」「資金集めとその戦略」・・・など、「静かに本を読む、本を借りる場所」という図書館の一般的イメージとはかけ離れたアクティブなタイトルが並びます。菅谷さんは、序章の最後に下記のようなメッセージを投げかけています。
組織に属さず資本もない未知の才能を芽吹かせるためのシステムがまだまだ足りないのではないだろうか。いくら優れた才能があっても、それを伸ばすには適切な環境が必要だ。
情報に対する認識も変えてみる必要がある。・・・人々の考えや行動の記録を大切に蓄積し、効率よく検索できるためのシステム作りも新たな課題だ。市民の側でも、情報を駆使して新しいものを生み出そうという姿勢をもっと身につける必要がある。
『未来をつくる図書館--ニューヨークからの報告--』から抜粋
出産を機に社員を辞めた私は、思うように働くこともできず、長い期間、悶々としていました。ちょうどその頃に、ある企業の方々に、研究のためにインタビューをする機会をいただきました。その企業はオフィスを廃止し、さらに従業員の雇用形態を社員から業務委託に変えるという、大きな経営判断をされていました。組織から出て個人となった時、人の思考行動はどのように変容し、新しい環境に適応していくのだろうか、そこにメディア・リテラシーは影響するのか、そんなことを知りたいと思ったのです。
インタビューに協力くださった方々は、環境変化に戸惑いながらも、自分で仕事をつくる働き方を自らの意思で選択されていました。環境が変われば関わる人やコトも変わる、それに準じて入ってくる情報も変わっていく。メディア・リテラシーは個人の能力ですが、このリテラシーを鍛えるに当たっては、人が日常的にどんな環境で仕事や学びをしているのか、それが大きく影響しそうだ、と気づきました。そして、自分ならどんな環境に自分の身を置いたら、働きやすく学びやすいだろうか、環境を自分で選ぶ、創る、そんなことを考え始めました。このインタビューを機に、所属という枠組みがなくても様々な領域の人たちがネットワーク化し新しいものを創出する活動や、市民一人ひとりが多重な役割を持ち活躍できるしくみを模索するようになりました。「多重な役割」というのは、例えば私の場合、情報をたどり調査をして妄想を具体化するのが好きであることを活かし、経営者の構想のカウンターパートナーになったり、シモキタFABコーサク室を立ち上げて運営したり、もちろん母親であったり、複数の顔を持ちながら生きています。誰もが、自分の持つ能力をあちらこちらで最適な形に変換して活かす、そんなイメージです。菅谷さんの指摘する「組織に属さず資本もない未知の才能を芽吹かせるためのシステム」を、市民コミュニティで実現できないかと考えたのです。
個人が各々の強みや経験を生かして社会と関わりながら活躍するフィールド「市民コミュニティ」、市民として主体的に生きるための能力「メディア・リテラシー」、メディア・リテラシーを鍛える「学びの拠点」。それまで考えてきたことが繋がりました。そして、研究テーマを「社会的学習基盤としての市民コミュニティのデザインとメカニズム」とおいたのです。
FABコミュニティ「CO-SAKU谷」
シモキタFABコーサク室を運営しているFABコミュニティ「CO-SAKU谷」のメンバーは、皆、世田谷区下北沢やその近隣で、生活を営み、仕事したり子育てをしたりしています。2019年の夏、ロボットを製作しVIVITA株式会社が主催する「VIVITA ROBOCON世界大会」の出場を目指すプロジェクトを共に経験したことをきっかけに、2020年から活動を始めました。その後、シモキタFABコーサク室を立ち上げ現在に至るまでの過程は、クラウドファンディング のページで詳しく書いています。
FAB(ファブ)とは、"Fabrication(作ること)"と"Fabulous(素晴らしい)"の意味が含まれる造語です。インターネットとデジタルファブリケーションの結合によって生まれる、新たなものづくりを指します。
今の技術進化を考えると、子どもたちが生きる10年先、20年先の生活や教育はガラリと変わっているはずです。そんな未来に向かって、FABに触れることを通じ、大人も子どもも情報や知識、経験を日常的にアップデートし、学びを続けていける場にしたい。そんな思いから「FABコミュニティ」を名乗るCO-SAKU谷のメンバーは、ほぼ皆が、家族でこの活動に関わっています。家族であっても、一人ひとりが異なる目的や役割、思いがあり、関わり方にも濃淡があります。対象や関わり方を限定せず、時に経験を共有し学びを共にしている、そんな市民コミュニティです。
営利と非営利の間、セミパブリックな事業
私たちのやっていることは、「教育」「まちづくり」といった領域のものとして認識されることが多いです。学校でもなく習い事でもない学びの場、子どもも大人も出入り可能な「まちの工作室」という地域の一員でもあります。私たちはこのポジションを、「セミパブリック」と呼んでいます。
シモキタFABコーサク室は、会員料金を払ってご利用いただくしくみです。本来は、図書館のように誰もがふらりと立ち寄り、コーサクを楽しめる場所であることが理想かもしれません。けれど、それでは事業として継続ができません。
運営をしているCO-SAKU谷のメンバーは、皆、普通の市民であり、全員が別の仕事を持ちながらの関わりです。この事業にかけられる資金も時間も限られています。けれど、共感をベースにした資金調達の仕方、多重性を活かした人の関わり方など、試行錯誤しながら私たちなりのセミパブリック事業のやり方を見出していきたい。
この挑戦は、私たちだけでできることではありません。いろいろな方の力をお貸りしたい。だから、このセミパブリックな事業の試行錯誤を、noteでオープンにしていきます。もし関心をお持ちいただけたなら、ぜひ、シモキタFABコーサク室へ見学に、雑談に、お越しください。(見学・雑談申し込みはこちらです)感染防止対策をしっかりしてお待ちしています。遠方の方、今は出かけることに躊躇する方は、もちろんオンラインでも。私はコーサク室にいることが多いのですが、日によって時間によって不在にしています。「この日行くよー」と事前に一声いただけると、とても嬉しいです。