800fs差を見分ける究極の着順判定カメラ

 浜松方面から「どうする?」とお声がかかりました。光子(フォトン)をビジネスの核に据える浜松ホトニクスの、5年に1度のプライベートショーだそうです。行くしかありません。
 会場で見つけた興味深いキーワードに沿って展示アイテムをご紹介します。(全5本のその1)


1)「800fs差」を見分ける、究極の着順判定カメラ

 「800fs」という説明パネルの文字列が目に飛び込んできました。にわかには理解できません。もう少し近寄ると「最小時間分解能:800fs」とあります。fsは時間の単位、フェムトセカンドだそうです。フェムト秒。聞いたことはあります。
 私がなじみのある衛星測位の世界ではナノ秒(10億分の1秒)は普通に出てきます。光が30cmほど進む時間です。その3桁下のピコ秒もたまに出てはきますが、さらに3桁下のフェムト秒となると、リアルでお目にかかるのは初めてでした。800fsの最小時間分解能とは、到達した2つの光子を2つであると認識できる最小の時間差という意味だそうなので「距離でいうとどのくらいでしょう?」と説明員の方に聞くと、「0.24ミリくらいですね」とさらっと答えられてしまいました。

※ナノやキロなどSI接頭語については以下がいちばん確かな解説です。ちなみにフェムト秒の3桁下のアト秒オーダーでパルス発光するレーザーの開発者に2023年のノーベル物理学賞が授与されています。


2)その名はストリークカメラ

 streak とは、すばやくまっすぐな動きを意味する動詞です。~ingとなると「特定の扮装で衆目の中をとにかく走り抜ける」という安心できない意味も加わります。
 同社の解説によれば「極めて短時間のうちに生じる発光現象をとらえる超高速光検出器」であり、発光の長さや強さや頻度などを正確に計測することでサイエンスに貢献するもの、と理解しました。
 そして展示で強調されていた「800fs」の部分に絞るなら、やっていることは競馬の着順判定カメラと同じだ、とも思いました。
 判定できるハナ差は、秒速30万kmで疾走する光子の0.24mmの差であるという点が違うだけ(?)です。このセンサシステムを「究極の着順判定カメラ」と呼んでも、文句はどこからも来ないのではないでしょうか。
 そんな(どんな?)ストリークカメラですが、どういう仕組みでそれが可能なのか興味がわきます。いつもならググってしまうのですが、展示会のいいところはブツに通暁した専門家にすぐ訊ける点です。尋ねたところ「ブラウン管の仕組み、ご存知ですよね?」と返されました。その問いに浜松でNOとは言えません。

3)ブラウン管の仲間です

 ブラウン管では、電子銃から発された電子ビームを水平と垂直方向にスイープして蛍光面に当て、2次元の画像を作ります。アナログテレビ放送では、525本の水平走査線を積み重ねて1枚の静止画を構成し、これを1秒間に30回繰り返すことで動く映像を作っていました。
 ストリークカメラの基本構造は、2枚の光電面でフタをされた筒にたとえることができます。この筒がブラウン管そのもので、2つの光電面が、電子銃と蛍光面に相当します。
 カメラの入射光は”スリット”を通過し、前方の光電面で変換され、電子となって筒内を飛翔し、後方の光電面を光らせます。何もしなければ後面にはスリットの像が映るだけですが、ブラウン管と同じようにスイープして電子を偏向させるとどうなるでしょうか?
 テレビの走査線は(向かって)左から右にスイープしていました。遅延した電波が画像を乱す「ゴースト」も必ず映像の右側に現れました。
 ストリークカメラでは、スリットと垂直な方向にスイープすることで、後面のスリットの像がタテ方向に展開されます。上から下へのスイープを行えば、上にある像が先に、下が後に入射したフォトンの痕跡であり、その間隔を時間差に読み替えることもできます。
 つまり後面の像のタテ軸は時間軸であり、上下の像の差を見分ける際の最小目盛りが「800fs」である、ということだったのです。腑に落ちました。

4)決勝写真と同じ「時間軸のある画像」

 ところで、競馬の着順判定カメラで撮影された「決勝写真」も、ストリークカメラの後面の像と、意味合いとしてはかなり似ているように思えます。ストリークカメラにおけるスリットの役割を、着順判定カメラはラインセンサ(1次元)が担います。入ってくる映像情報を1次元に抑えつつ時間軸を加えることで2次元の画像を構成し、求める情報をそこから読み出す――。やっぱりストリークカメラは「究極の着順判定カメラ」で間違いないと思いますが、いかがでしょう?

(つづく)


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