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姉とキャンプした話

この春、姉夫婦とキャンプに出かけた。

現地集合主義の私達。当日、姉達のテントサイトを探し回るが一向に見つからず、小さな車のエンジンをいっぱいにふかしながら勾配のキツい坂を上り下りした。車がハァハァしている気がした。

見かねた姉が薮から飛び出し、私を救出してくれた。黄色い変な帽子をかぶった姉は、さながらメイかサツキかという姿だった。脳内で猫バスが疾走する時の音楽が流れた。

テントサイトはすでに義兄によって整えられていた。私専用の小さな椅子も用意してあり、ビールで歓待された。至れり尽くせりキャンプの始まりである。

姉の作った超適当なつまみをアテに酒が進んだ。途中で、足りなくなったビールと不意に壊れた姉の変な帽子の替えを買いに麓まで下りた。戻ってくると歩き疲れたのか、姉はその後結構な時間、昼寝をしていた。義兄も昼寝してしまったし、退屈な私は山の上の方まで登ってみることにした。しかし、思いのほか日が沈むのが早く頂上へ着く前に夕暮れが来てしまった。

明日、ちゃんと登ろう。そう決めて、高台から見える夕暮れを何枚か写真に収め、テントに戻った。

夜は焚き火を眺めながら長いこと飲んだり食べたり話したりして過ごした。この日は720㎖の日本酒を持っていったのだが、あっという間になくなってしまった。一升瓶を持ってこなかったことを激しく後悔した。

翌朝、頂上から見下ろせる朝の雲海を見に山の頂上まで三人で登った。頂上と言っても小高い丘のような山なので大した標高ではない。広場には背の高い木の枝にトム・ソーヤーの冒険に出てきそうな小屋が建てられていた。別の枝には手作りのブランコもあった。

何度もここへ来たことがある義兄は慣れた様子で辺りを散策した。姉も眼下に広がる景色の撮影に余念がなかった。ちなみにこの時、既に日が高かったので雲海どころか雲ひとつない景色だったことを付け加えておく。私は植物と昆虫に夢中だった。昆虫最高。

さて、頂上周辺に満足した私たちはテントサイトまで下山することにした。自衛隊上がりの義兄は体力があるので獣のような速さで下りて行ってしまった。迷うこともない一本道なので安全だと思ったのだろう。私と姉は、道すがら黄色や紫色に咲く花々を堪能しながら歩を進めた。

元々山岳部の私もまぁまぁ体力がある。いつの間にか姉を追い越してずいぶん経っていることに気がついた。姉は大丈夫だろうか。私は後ろを振り返った。上の方で姉がよろよろと歩いているのが見える。これ以上距離が離れるのは良くないだろうと思い、姉が下ってくるのを待った。ふと、姉が私の視線に気がついた。すると姉はピタリと動きを止めてこちらを見つめ返す。私は姉を待った。しかし、姉はきょとんとした顔のまま微動だにせず下りてこない。

は? なんで止まるの?
まぁ無事ならいいわ。
姉と私の距離は縮まらなかった。私は再び進み始めた。しばらくゆっくり歩いていたが、やはり背後に姉の気配がなく心配になった。後ろを振り返る。相変わらず姉は上の方でよろよろと歩いている。少し距離を離しすぎたかと姉がこちらに下りてくるのを待つ。姉が私の視線に気づいた。するとなぜか姉は再びピタリと動きを止める。私達はしばらく見つめ合った。きょとんとした顔のまま、姉は動かない。

は? なんなの? 野生なの?

この後、私が振り返る度に姉はきょとんとした顔で動きを止めた。意味がわからなかった。なぜ動きを止めるのか。この間はなんなのか。待つってなんなのか。心配ってなんなのか。ところで姉は人なのか。

テントサイトに姉が戻ってきた時、なぜ動きを止めたのか聞いてみた。

「だって、のりこが止まるから」

私達は双子だったのかい…? ガンジーのような微笑みで問うてみたが、その時にはもう姉はハンモックに寝転んでいて今にも鼻ちょうちんを出しそうだった。

空を見上げると、木漏れ日が眩しかった。
姉はメイでもサツキでもなかった。
姉は、トトロだった。


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