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たいらの湯 創出までの物語 ③

行けなくなった職場にお別れし
経済困難にて愛車を手放し
改めての介護業界。

ここに来るまでに実は訪問入浴と訪問介護
やった事もないのにいきなりデイ生活相談員

そんな経過も踏まえての
次の職場は従来型特養。

ココがまたヤバかった。
小規模多機能ブラック型もかなりヤバかったが

コッチは更に人としての尊厳も何も無い
いわゆるイモ洗いの入浴に
ひたすら続く定時のオムツ交換やトイレ誘導
離床された車椅子を蹴飛ばして前進させる諸先輩がた
止まった車椅子が当たった壁には穴が空き
テーブルにつけた車椅子の
アームレストに挟まった腕は骨折し
動く人は拘束
誰が楽しんでるのか分からない行事

今思い出してもイライラする。

同法人にてユニット型の特養の新規部署が創設され
そちらのオープニングスタッフとして異動した。

ココではユニットケアの理想の形態を学ばせていただく良い機会を頂いた。
しかし現実はその同じ法人内の上記対応で育った諸先輩方が指揮を取る部署。
新設された壁に車椅子が突き刺さり穴が開くまでにはそう時間は掛からなかった。

教育・・・なのか?
人としての・・・なのか?
日々起こる出来事は
一介の職員という立場ではなんの変革も起こせず
ただただ歯痒さしか募らなかった。

ある時また起こった骨折の事故をキッカケに
遂に我慢の限界を迎えた。
廊下の向こうをヘラヘラ笑いながら歩く施設長一家のババアに向かって暴言を吐く。

「テメェのやってる仕事の現実見ろよ!!」

なんと、介護業界では
こーゆーキレ方してはいけないらしい。

穏やかにアングリーをマネージメントするのが
今の流行りだそうだ。

まぁ確かに
感情をコントロール出来ないのは未熟な証拠かと
自身に言い聞かせる。

この頃は
第一回全国地域ケア包括会議が開催されたり
自立支援介護学会では〇〇理論が展開されていた。

モヤモヤしながらも
業界はあるべき方向性に向かっているような
そんな風も吹いてきたようだ。

近くでその取り組みを行う法人施設へお呼びがかかり
自立支援学会などへも事例提出や実践成果発表などを行ったりさせていただくようになった。

個別ケア
自立支援
あるがままの生活

思い出日記を書きながら、
この辺りからカタチが見えてきていたのかと
振り返る。

そしてこの時2度目の💍
今の嫁さんには感謝しかないです。

さぁ、
カタチにしていこう!

《続く》


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