言っちゃダメだよ

あの日塞がれた口のことを綴ります

女手一つで

私の両親は私が11歳か12歳の時に離婚しています
正確な年月日は知りません、伝えられていません
その上、数年の別居期間と、離婚成立から実生活での苗字変更まで期間があったため、記憶が曖昧です

別居、離婚があった当時は母を信じていました
怖い父から一緒に逃げてくれる味方だと思っていました
父に虐められている可哀想な人だと思って手を貸しました

そんな当時の私は学校で募集された家族のエッセイコンテストで入選だったか佳作だったかになりました
離婚して女手一つで私と妹を育ててくれてありがとう、といった内容でした

担任教師にその話のために呼び出された私は、私の文章が誰かに認められたことにホクホクとした感情を抱いていました

選ばれた作品はひとつの冊子にまとめられる
そこに載せるために校正をする必要がある

そう言って教師が訂正を求めてきたのは「離婚して」という文言でした
それを削除して「女手一つで育ててくれた母」にするようにと言われたのです

私はその文言に拘っていたわけではなく、二つ返事で修正しました

しかし修正させられることの理由が当時の私には分からず仄暗いものが心に残りました

理由は分からないけど、親が離婚したとは言ってはいけないのだ
これを言うことは悪いことなのだ

幼い私はただそれだけを覚えました

無垢な問い

親の離婚に関しては同級生に幾度も問い詰められました

「どうしてお母さんだけなの?」
「どうして苗字が変わったの?」
「離婚って何?」

そんなこと私にも分からない
けれど何度も何度も訊かれるのです
旧姓で呼ばれることを嫌がった私を、わざと旧姓で呼ぶ児童もいました
彼の胸ぐらを掴んで、次の瞬間に、自分は何をしようとしたのかと我に返ったことは、今でも鮮明に思い出せます

皆の知らない「離婚」がうちにはある、ということが苦しかった
何故苦しむのか分からないけれど、ただ苦しかった
教師に告げれば「みんな知らない事を知りたいだけだよ」「いじわるしてるんじゃないよ」と言われました
母に告げれば、切なそうな顔や厄介事を増やすなという顔をされました

親が離婚していることは言ってはいけないことなのだ
親が離婚していることは普通では無いのだ
親が離婚していることは悪いことなのだ
皆は悪くないのに苦しんでいる私が悪いのだ

心に杭を打ち付けて忘れないように張り紙をするような気分でした

魔法が使えたら

小学校の卒業文集の1ページ
もしも魔法が使えたら、というテーマでした
私はそこに「優しいお父さんがほしい」と書きました

しかしそれは卒業文集には載っていません

クラス担任と学年主任に呼び出され、これもやはり修正を要求されました

12になった私は反抗することを覚えていました

「これが一番の願いです」
「どうしてダメなんですか」

私は教師らの要求を突っぱねました

数日後、学校に母が呼び出されました

並んで席に座った母と私に、教師らは同じ話をしました

私は母が味方してくれると思っていました
母は私と同じで父に傷つけられた人だから
父を嫌う人だから
父が嫌いで優しいという男性を家に連れて来る人だから

私は期待を持って母を見ました

母は哀れむような目で私を見ていました
私にはそれが理解できなかった
なぜ母はこんな目をしているのか
なぜその目を私に向けるのか

母は教師らの味方でした
大人3人に囲まれた齢12の子供は、涙ぐみながら頷きました
苦しさと、寂しさと、驚きと、持病のIBSによる腹痛で頭が働かなかった私は
「世界が平和になりますように」
なんてことを書いていたらしい

書き換えたその時の記憶はほとんどなく、完成した卒業文集を見て自分が書いた文言を知りました

あの日の帰りの車の中で母は私に言いました
「あんなことを書いたら、うちが可哀想な家みたいじゃない」

あれは私の本当の願いでした
つまりうちは可哀想な家らしいのです

本当のこと

これらの出来事が「世間体」という言葉で片付くことが今では分かります
あれからまだ10年も経っていませんが、今は離婚もシングル家庭も珍しくなくなったように思います
そんな今、あの日の私のような子供はどう生きているのでしょう
まだ口を塞がれているのでしょうか

15歳未満の子供に、親の離婚をどうこう動かす力は認められていません
子供はただ巻き込まれるまま、手を掴まれるまま、ついて行くしかできません

著名人の離婚報道を目にする度、その渦中にいる子供たちのことを思って胸が痛みます

その子たちは報道陣の目にも、視聴者の目にも、最悪の場合両親の目にも映っていないのです

今は小さな子供もネットを閲覧する時代です
もしかしたらこの記事が離婚家庭の子供に届くかもしれません

そうでなくても、ありふれてきた「離婚」がその子供にとってどんなに苦しいものなのか、誰かに伝わればと思います

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