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インテグラル理論の組織的実践③ー持続不可能の構造(顧客の収奪)

※講演用レジュメなので、ある程度の理解レベルが前提になります。

下記記事からの続編になります。

前回記事では、現代企業が直面している大きな組織面の脅威は、合理性段階(オレンジ)が暴走した先にある、非人道性と持続不可能性という組織の特性に侵されてしまうことだと主張しました。

この記事ではもう少し踏み込んで非人道性と持続不可能性が組織を蝕む構造を整理し、その構造の一つである持続不可能性にフォーカスして論じたいと思います。左側の構造図にざっと目を通してください。

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左側の構造図は、上半分の組織の統治形態(及び経営)の、顧客に対する基本的なスタンスをします構造図です。統治形態自体が顧客を収奪対象と看做す時、組織から持続可能性は失われ、衰退の道に進んでいくことを示します。↓の部分ですね。

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統治形態の構造自体が顧客を収奪対象として看做してしまう。そもそも収奪対象なんてひどい言葉で当てはまるような事態が組織で起こり得るのでしょうか?ここでまたセンセーショナルな例をあげて説明しましょう。昨年世の中をにぎわせたかんぽ生命の不正な保険販売です。

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かんぽ生命は顧客を軽視した不正な営業で、数万件以上に上る不当な保険料の支払いを顧客に強いていたことにより糾弾され、金融庁から業務停止命令を受け、信用失墜の憂き目にあっています。

日本郵便の横山社長は、不適切な保険販売が相次いだ理由を「過剰な営業ノルマ」と認めたそうですが、過剰な営業ノルマは単に組織のスタンスが現象面に表れたこと、つまり氷山の一角に過ぎません。おそらく日本郵便には程度はわからないものの、顧客への価値提供を度外視した統治形態があるものと言って良いでしょう。

私が東芝の事例で述べたように、企業とは金を生み出すマシーンであり、自らの虚栄を満たすための手段であるという定義がここでもにじみ出ます。また、経営陣は過剰なノルマを従業員に強いたら、彼らの内面にどのような変動が生じるかという想像力がなかったということです。まさに従業員を感情を伴わないマシーンと看做して駆動させていく視点があったのではないでしょうか。失礼ながら、この腐食ぶりもなかなかのものと感じます。

私が思うに、経営がこのような世界観に陥っている限り、どんな改革であれ、プロジェクトであれ、全ては無効化します。顧客との関係性において持続不可能な構造を持っていれば競争優位性は減退し、遅かれ早かれ企業は立ち行かなくなるのだと考えます。であるがゆえに、組織の統治形態(及び経営)の、顧客に対する基本的なスタンスを適切に捉えることは他に取り組むすべての施策の大前提となります

何を目指すべきかというと、(ここで発達理論の概念が出てくるのですが)オレンジの影の部分、過剰な部分を管理していくアプローチになります。

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オレンジ(合理性段階)の影とはなんでしょうか?「ティール組織」のP50-51の記述を読んでみましょう。

基本的な欲求の大半が満たされると、企業は次第にニーズを作り出そうとし、私たちが本当は必要としていないもの(所有物、最新のファッション、若々しい肉体)が増えるほど幸せになれるという幻想を人々の間に膨らませようとする。でっちあげられたニーズに基づくこうした経済の多くが、金融的にも生態学的にも持続できないことが、次第に明らかになる。成長のために成長を求めるという段階に来てしまった。これは医学用語では単純に癌と呼ばれる状況である。

そう、オレンジ(合理性段階)の成長のための成長という「癌」は、成長という欲求ゆえに壊れていく運命にあるのです。合理的・効率的ではあるがこのような自己破壊する企業をこの罠から解放するためには、価値観を重視する文化(グリーン的文化)を、単なる掛け声だけでない形で、ビジネスの中にビルトインする必要があるのです。施策というか、ビルトインの工夫については別noteで記載しようと思いますが、ここではグリーン的価値を体現している会社の設立趣意書をご紹介しましょう。

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言わずと知れた、SONYの設立趣意書です。説明は、いらないでしょう。このような志の元、経営が行われ、社員が前を向いて歩む企業が、反映しないわけはないのです。インテグラル理論を組織的に実践するにおいては、第1条第1項時点で、この存在意義に基づく経営というものを指向する必要があります。目的が、グリーンになっていなければ意味がないのです。オレンジの過剰の中で、いくら高次のパラダイムを説いたとて、それはあまりにもむなしいことなのです。

ではこうした高邁な価値観を掲げればよいのか?否、それだけでは足りない。存在意義が根付いていく様々な方法論を駆使して、企業組織の基盤を整えていく必要があるのです。ここでSONYのOBが受けたインタビューの一部をご紹介しましょう。

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私はインサイダーではありませんから、この記事の真偽はわかりません。ただ、ソニーの凋落はオレンジの罠にはまったことが原因だったことは、複数の関係者が述べていますから、まあそういうことだったのでしょう。

あのような高邁な理想を謳ったSONYでもこうなるのです。ある意味、人間の業は深く、資本主義の業も深いということなのかもしれません。

これを持続可能な仕組みにしていくという困難な取り組みが、インテグラル理論の組織における実践なのです。

まだ本題に入れませんが、次回に続きます。

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