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東札幌〜月寒〜大谷地 廃線跡を歩く(漕ぐ)【Yahoo地域クリエイター】

用事があり新札幌へ。せっかくなので改めてきちんと1973年までの千歳線ルートを辿ってみた。その後も貨物線として一部が1983年まで使われていた。


現在は「白石ココロード」というサイクリングロードになっていて上野幌までつながる。上野幌で現在の路線と一致した後も「エルフィンロード」として北広島まで併走しているのだ。

まず東札幌駅。

現在のショッピングモールのイーアスがある場所であり、1960年代は札幌市内最大の貨物取扱量だった貨物スペースはコンベンションセンターになっている。駅前通りは現在は面影がないが、僕が札幌に来た1996年当時は駅舎こそないものの、当時は繁盛しただろう駅前の蕎麦屋がまだ一軒あったし、貨物線スペースには資材が積み上げられていた。

なお、東札幌から定鉄の豊平駅まで伸びていたラインの痕跡を辿るのは少し難しいが、いつか千歳線跡だけではなく定鉄線跡も辿ってみたい。

苗穂から東札幌を経た千歳線は現在のアサヒビール工場のある南郷4丁目にあった月寒(つきさっぷ)駅へとつながる。

かつては煉瓦工場(鈴木の分工場、横山)があり、メンヨウ飼育に関係していた。また長らく日本軍の北部軍司令があった大切な場所で、月寒駅はまず軍との結びつきが強い駅だった。

駅前通りにはほとんど往年の痕跡が残っていない。1973年に千歳線の線路が付け替えられてこの路線が廃止になった後も1976年までは、光屋札幌と月寒間はアサヒビール工場引き込み線としては残った。従ってかつて月寒駅だった場所は現在はアサヒビール工場に囲まれている。

大谷地駅の痕跡はほとんどないが、その構内は冒険公園としてほとんど完璧に残っている。

現在の南郷18丁目あたりにあった。この駅についてはまだまだ調べが足りないのでまた近くを歩いてみたい。

厚別川、北星大学、大谷地バスターミナルを通過し、今回は新札幌に用事があるので、ひばりが丘の看板が見えたところで、サイクリングロードとお別れ。



自宅から新札幌の目的地まで約12キロだった。

帰路は国道12号をまっすぐ帰ってきた。そのルートの方が道は良いし短い。こちらは10キロである。しかし鉄道跡がサイクリングロードになっているというのは、なんとも愉快で、ゆっくりサイクリングしながら歴史散歩を楽しみたい。

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