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キーワード『日本版フェア・ユース』~新30条の4の規定の導入(立法趣旨と条文解説)~

『日本版フェア・ユース』~新30条の4の規定の導入(立法趣旨と条文解説)~

新30条の4の規定
 
平成30年法改正により“日本版フェア・ユース規定”が導入されました。新設された法30条の4がそれです。もっとも、日本の諸事情が勘案された結果、米国型のいわゆる「非常に柔軟性の高い一般的・包括的なフェア・ユース規定」ではなく、「明確性と柔軟性の適切なバランスを備えた複数の規定の組合せ」を前提とした「柔軟性のある権利制限規定(フェア・ユース規定)」を設けることで、情報通信技術の進展等の時代の変化に柔軟に対応することとしました。
 
まず、新設の条文(30条の4)を見てみましょう。「見出し」は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」です。
 
『著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
(1号) 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
(2号) 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。)の用に供する場合
(3号) 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合』
 
上記の規定を端的に言うと、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない利用行為」は、その必要と認められる限度において、原則として、すべて許容する(一般大衆の自由利用を広く認める)、というものです。
本条に掲げられている1号から3号は、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」の「例示」であって、これら以外であっても「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」と評価できる場合であれば、広く適用されうるということです。
 
導入の立法趣旨
 
書籍や漫画、音楽、映画、ソフトウェアなどの著作物が社会で「利用」されるのは、通常、人がその知覚によって当該著作物の表現を認識すると同時に、その利用によって自己の知的・精神的欲求が満たされるという効用が得られるからです。つまり、著作物が有する経済的価値というものは、通常、市場において著作物の視聴等をする者が当該著作物に表現された思想又は感情を享受してその知的・精神的欲求を満たすという効用を得るために対価の支払をすることによって具現化されると考えられます。そうだとすれば、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用行為」については、そもそもそれを許容しても、著作権者の市場における対価回収機会を損なうものではなく,著作権者の経済的利益を害するものではないと評価することも可能です。そこで、新設の法30条の4は、著作物は、技術の開発等のための試験の用に供する場合(1号)、情報解析の用に供する場合(2号)、人の知覚による認識を伴うことなく電子計算機による情報処理の過程における利用等に供する場合(3号)その他の「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」(=「非享受目的の場合」)には、その必要と認められる限度において、利用することができることとしました。
 
本条は、通常は著作権者の市場における対価回収機会を実質的に損なわない利用行為であるにもかかわらず、形式的には権利侵害となってしまう一定の行為を幅広く権利制限の網にかけよう(権利制限の対象とする)という趣旨で整備されました。ただし、デジタル化・ネットワーク化の進展等による時代の変化への柔軟な対応を加味した「柔軟な権利制限規定(抽象度を高めた権利制限規定)の整備」を図る趣旨であっても、一方で、著作権者の利益(経済的利益)を不当に害することは法目的(1条)に照らして許されません。そこで、技術の進展等によって市場で現在想定されていないような新たな利用態様が現れる可能性があること等を踏まえ、「著作権者の利益が不当に害されることとなる場合は,この限りでない」との但書を設けているのです。本条但書に該当するか否かは、著作権者の著作物の利用市場と衝突するか否か、将来における著作物の潜在的販路を阻害するか否かといった観点から、最終的には司法の場で個別具体的に判断されることになります。
 
条文解説その1
 
それでは、条文の中身(文言)をもう少し詳しく見ていきましょう。
新設の法30条の4は、「非享受目的の場合」すなわち「当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」に適用されるのですが、ここで「享受」とは、一般的には(辞書的な意味では)、「精神的にすぐれたものや物質上の利益などを、受け入れ味わいたのしむこと」(広辞苑)を意味します。したがって、ある利用行為が当該「享受」を目的とする行為に該当するか否かは、前述した本条新設の立法趣旨と、「享受」の一般的な語義を踏まえて判断されることになります。
 
<具体例>
〇「美術品の複製に適したカメラやプリンターを開発するために美術品を試験的に複製する行為」⇒非享受目的の利用行為に該当(理由:かかる利用行為は、通常、画像の歪みのなさや色合いの再現性等、開発中のカメラ等が求められる機能・性能を満たすものであるか否かを確認することを専ら目的として行われるものであり、当該著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為ではないと考えられるから)
〇「複製に適した和紙を開発するために美術品を試験的に複製する行為」⇒非享受目的の利用行為に該当(理由:かかる利用行為は、通常、インクや金箔の見え方や耐久度等、開発対象の和紙が求められる機能・性能を満たすものであるか否かを確認することを専ら目的として行われるものであり、当該著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為ではないと考えられるから)
 
本条では「享受の目的がないこと(非享受目的)」が要件となっているため,仮に主たる目的が 「享受」のほかにあったとしても,同時に「享受」の目的もあるような場合には,本条の適用はないものと解されます。
 
<具体例>
×「漫画の作画技術を身につけさせることを目的として、民間のカルチャー教室等で手本とすべき著名な漫画を複製して受講者に参考とさせるために配布したり、購入した漫画を手本にして受講者が模写したり、模写した作品をスクリーンに映してその出来映えを吟味してみたりするといった行為」⇒適用外(自由利用は不可)(理由:たとえその主たる目的が作画技術を身につける点にあると称したとしても、一般的に同時に「享受」の目的もあると認められるから)
 
「享受を目的としない(非享受目的の)」利用行為であるか否かの認定では、利用者の「主観に関する主張」のほか、利用行為の具体的態様や当該利用に至る経緯等の「客観的・外形的な状況」も含めて総合的に考慮されるものと解されます。
 
<具体例>
×「人を感動させるような映像表現の技術開発目的であると称して多くの一般人を招待して映画の試験上映会を行うような場合」⇒適用外(自由利用は不可)(理由:その客観的・外形的な状況を踏まえると、当該映画の上映を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けて上映行為が行われていると考えられるから)
 
新設の法30条の4は、営利目的で著作物を利用する場合も含めて、幅広く権利制限を認めています。そのため、とりわけ著作物の表現に対して「人の知覚による認識を伴う」場合には、当該「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない」利用行為に該当するか否かは,以上のように、本条の立法趣旨及び「享受」の一般的な語義を踏まえたうえで、利用行為の具体的態様や当該利用に至る経緯等の「客観的・外形的な状況」も含めて、慎重に判断される必要があると解されます。
 
条文解説その2
 
これまで述べてきたように、新設の法30条の4は、その柱書において非享受目的の著作物利用を広く権利制限の対象としつつ、そのような利用行為についての予測可能性を高めるため、1号から3号において非享受目的の利用行為として典型的に想定される場合を例示することとしています。
 
(1号) 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
 
著作物の利用行為として、例えば、企業が録画機器を開発するに当たって、実際に映画等の著作物を素材として録画することが行われる場合があります。このような著作物の利用に係る技術開発ないし実用化における試験利用は、通常、著作権者の経済的利益を不当に害するものではありませんが、形式的には違法(著作権侵害)であり、民事責任等に問われるおそれがあります。しかしながら、デジタル・ネットワーク化の進展に伴い、著作物の利用行為が飛躍的に多様化している昨今の情勢に鑑みれば、このような利用行為まで規制することは、著作物の「公正な利用」(1条)とのバランスを図るという法目的に照らして妥当ではありません。
 
本号は、「著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する」場合に適用されますが、ここで、「録音」「録画」はあくまで例示として規定されたもので、著作物の利用に関する技術であれば、録音技術・録画技術に限らず、広く本号の対象となるものと解されます。「その他の利用に係る技術」としては、例えば、著作物の送信や通信に関する技術、上映に関する技術、視聴や再生に関する技術、翻訳や翻案に関する技術等が想定されます。なお、「技術の開発又は実用化のための試験の用に供する」とあるのは、技術の開発のための試験や、技術の実用化のための試験における検証のための素材として著作物を利用できることを意味します。
 
<具体例>
〇「テレビ番組の録画に関する技術を開発する場合に、技術を検証するため、実際にテレビ番組を録画してみる行為」⇒本号に該当
〇「3D(三次元)映像の上映に関する技術を開発する場合に、技術を検証するため、3D映像が収録されたBlu-ray Discを上映してみる行為」⇒本号に該当
〇「OCR(光学式文字読取装置)ソフトウェアを開発するに当たり、ソフトウェアの精度の向上を図ったり、性能を検証したりするため、小説や新聞をスキャン(複製)してみる行為」⇒本号に該当
〇「スピーカーを開発する場合に、性能を検証するため、流行している様々なジャンルの楽曲を再生してみる行為」⇒本号に該当
×「上映技術の試験の用に供するという目的で、断続的に、広く観客を集めて、全編にわたって映画を上映する行為」⇒本号に該当しない
×「企業において、例えば、開発中の新たなコピー機の試験複製ということではなく、コピー機の技術開発を検討する際に参考にするとの名目で、技術者等に対して広く論文等を複製し、頒布する行為」⇒本号に該当しない
 
条文解説その3
 
(2号) 情報解析の用に供する場合
 
*「情報解析」とは、「多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うこと」を意味します。
 
本号は、「情報解析」を行うことを目的とする場合を例示として掲げていますが、「電子計算機による情報解析」といった限定がない点に注意する必要があります。つまり、「人の手で行われる情報解析」であっても、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としないものであれば権利制限の対象とされるべきであるため、「電子計算機による」という限定を意図的に設けていないのです。
 
<具体例>
〇「深層学習(ディープラーニ ング)の方法による人工知能の開発のための学習用データとして著作物をデータベースに記録する場合」⇒本号に該当
 
(3号) 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあっては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
 
本号は、「著作物の表現について人の知覚により認識されることを伴わない利用に供する場合」を掲げており,当該場合の典型例として想定される「電子計算機による情報処理の過程における利用」を例示する規定振り(この典型例もあくまで「その他の利用」の1つ)となっています。
 
<具体例>
〇「コンピュータの情報処理の過程で、バックエンドで著作物がコピーされて、そのデータを人が全く知覚することなく利用される場合」⇒本号に該当
〇「プログラムの調査解析を目的とするプログラム著作物の利用(いわゆる「リバース・エンジニアリング」)⇒本号に該当(理由:リバース・エンジニアリングは、プログラムの実行などによってその機能を享受することに向けられた利用行為ではないと評価できるから)
 
なお、「プログラムの著作物にあっては、当該著作物の電子計算機における実行を除く」とされているのは、「表現と機能の複合的性格を持つプログラムの著作物については、対価回収の機会が保障されるべき利用は、(たとえ人の知覚により認識されることを伴わないものであっても)プログラムの実行などによるプログラムの機能の享受に向けられた利用行為であると考えられる」からです。
 
条文解説その4
 
以上、新設の法30条の4の1号から3号を含めて、本条の権利制限の対象となる著作物について、「公表された著作物」に限定されていない点に注意してください。最近では,例えば、ビッグデータを用いた情報処理技術の開発のためにネット上の情報を大量に収集して試験に用いるといった新たな手法に対するニーズも高まってきており、そのような場合に、利用しようとする送信可能化された情報が「公表」要件を満たすか否か等の確認を行うことは現実問題として実際的には困難である一方、未公表著作物を特定の試験に用いたとしても、当該著作物の未享受目的の利用に限定されば、直ちに著作権者の経済的利益を不当に害することにはならないと考えられるため、「公表された著作物」に限ることとはしていないのです。
 
最後に、1号から3号を含めて、本条の権利制限の対象となる利用行為については、「いずれの方法によるかを問わず、利用することができる」とされている点に留意してください。利用方法を問わないのですから、「複製」に限らず、「公衆送信」や「譲渡」「上映」、「翻訳」「翻案」等の二次的著作物の創作、これにより創作された二次的著作物の利用など、著作権(著作財産権)の支分権の対象となる行為はすべて権利制限の対象となります。
 
<具体例>
〇 AI(人工知能)の開発において、自ら人工知能の開発を行うために著作物を学習用データとして収集して利用する場合のみならず、「自ら収集した学習用データを第三者に提供(譲渡や公衆送信等)する行為」についても、当該学習用データの利用が人工知能の開発という目的に限定されていれば、本条に該当する(もっとも,当該利用(譲渡や公衆送信等)は,あくまで「必要と認められる限度において」行われるものでなければならない)。
AK

【より詳しい情報→】【著作権に関する相談→】http://www.kls-law.org/

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