盗用・自己盗用について その2 COPEが公開しているガイドライン

この連載では、研究者・学生など研究活動に従事する方に向けて、研究公正の内容をわかりやすく解説することを目的としています。
 
前回は、頻度の高い研究不正である盗用・自己盗用についてNature誌の投稿規定を中心にご紹介いたしました。第2回目の今回はCommittee on Publication Ethics (COPE, 出版規範委員会) が公開しているガイドラインを参照し、盗用・自己盗用についてさらに深くご紹介します。
 
盗用のボーダーラインは?
前回、盗用の基準として「数段落に渡る文書が、適切な引用なく転載されているもの」とご紹介しました。健全な研究活動を実施している中で、そこまで多くの文章が一致することはないかもしれません。それでも、研究不正を疑われないためにも、ある程度のボーダーラインを知りたいところです。
 
しかし実際には、研究不正として盗用を疑われる明確なボーダーラインは出版社あるいは調査機関から明言されることはめったにありません。これは、ボーダーラインを提示してしまうことで数値のハックにより逆に研究不正を助長しかねないためではないでしょうか。
 
そこで今回は、学術雑誌を審査するeditor側のガイドラインを参照することにより盗用・自己盗用を避けるヒントをご紹介します。
 
COPEが提供しているText recyclingのガイドラインについて
Committee on Publication Ethics (COPE, 出版規範委員会) は10,000誌以上の学術誌が所属しており、学術雑誌のeditorに向けたガイドライン内容の研究・制定を進める非営利組織です。1つの学術雑誌では判断できないような方針について、COPEが検討を進め各学術雑誌の取るべき指針を定めています。
ここでは詳細に触れませんが、研究不正があった際に Correctionするべきか、Retractするべきかのナイーブな方針についても、COPEがガイドライン内容を研究しています。
 
盗用・自己盗用については、Text recyclingに関するガイドラインの中で言及しており、おおむね下記内容となっています。
 
1.      どの程度の分量が転載されているかを考慮する。2-3文の転載と、数段落の転載は明らかに異なり、後者は盗用と見なされる可能性が高い
2.      学術論文の中でもセクションによって転載の発生しやすさが異なるため、セクションに応じて盗用・自己盗用の判断をする必要がある
a.      Introduction: これまでの研究内容を述べているセクションであるため、他論文からの転載が発生しやすい。研究背景は他論文で同一の論調になることはある一方で、仮説が同一であることはごく近隣分野の論文内でしか発生しない
b.      Methods: 一般的な実験手法や、他論文と同一の手法であれば、むしろ転載を避けることが困難である。重要な点として、著者らが実験手法が既に他論文で明言されていることを引用により誠実に記載しているかを考慮する必要がある
c.      Results: このセクションでは、通常転載は発生し得ない。もし数段落に渡る転載・盗用が確認された場合は、2重投稿が疑われる
d.      Discussion: 過去の研究内容とからめて結果を議論するため、他論文からの転載が生じやすい
e.      Conclusion: このセクションの転載は許容されない。もし過去論文からの転載がある場合、新規性が疑われる
f.       Figures and Tables: 図表の著作権は学術雑誌が保持しているため、許可を得ていない転載は認められない
Text recycling guidelines for editors
https://publicationethics.org/text-recycling-guidelines
 
 
このように、COPEのガイドラインでは論文のセクションごとに、文章の転載が生じる頻度が異なることに言及しています。
これら指標は、研究者にとってもリーズナブルな内容ではないでしょうか。例えば、論文を執筆する際には、Methodsのセクションを全く新しい文章で書き進めることは、方法論の論文だとしても困難です。
 
また、conclusionのセクションは論文の新規性を主張する場なので、ここで他論文から転載があれば研究デザインから誤っていることが考えられます。故意による転載であれば、盗用・自己盗用・2重投稿とみなされるケースとなります。
 
研究者としては、例えばMethodsのセクションで盗用を疑われると大変理不尽に感じてしまいますので、editorに向けた本ガイドラインの存在は、盗用の疑義を回避する上で重要ではないでしょうか。
 
Self-plagiarismと、text recyclingについて
ここまで、COPEのText recyclingに関するガイドラインからご紹介しておりました。実はCOPEは、研究不正であるself-plagiarism (自己盗用) と区別し、ニュートラルな文言としてtext recyclingを定義しています。
 
COPEでは研究不正として盗用を規制するのみではなく、効果的な研究活動の実施を目指し、ガイドライン内容をさらに深めるため、大規模調査プロジェクト、Text Recycling Research Project (TRRP) を2017年に開始しています。
Methodsにて一般的な実験手法を記載する場合や、IntroductionやDiscussionで既存の研究内容に言及する場合など、実際の研究現場では過去の記述に触れるtext recyclingが多く発生します。これらは盗用あるいは自己盗用と認識されるほど悪質であれば研究不正となりますが、より効率的に科学を発展されるために許容され得るtext recyclingについてTRRPでは研究を進めています。
 
最新の成果として、2022年の報告ではtext recyclingについて下記の分類をしています。
 
1.      Developmental recycling: 国際会議の内容や、学会ポスターなど未出版の資料を投稿論文として書き進める
2.      Generative recycling: 独創性が損なわれない、ごく限られた分量のみの転載
3.      Adaptive publication: 全体あるいは議論の核心部が転載であるが、異なる読者向けである。例えば、他言語への翻訳
4.      Duplicate publication: 全体あるいは議論の核心部の転載。こちらが盗用・自己盗用や、2重投稿として研究不正となる
Cary Moskovitz, Susanne Hall, Michael Pemberton, Common Misconceptions about Text Recycling in Scientific Writing, BioScience, Volume 73, Issue 1, January 2023, Pages 6–8, https://doi.org/10.1093/biosci/biac090
https://academic.oup.com/bioscience/article/73/1/6/6760206?login=false
 
 
上記の分類を明文化することで、避けるべき盗用・自己盗用とtext recyclingとの区別を検討しています。
 
また、既に出版された図表の著作権については、著者らではなく出版社が著作権を保持しています。これらの図表を適切に転載する場合には出版社の許可が必要となりなり、引用のハードルが高くなってしまいます。TRRPでは、著作権法を含め議論し、文書・図表のText recyclingを合法できないか検討しています。
Moskovitz, C., Hansen, D.R. and Yelverton, M. (2023), Legalize text recycling. Learned Publishing, 36: 473-476. https://doi.org/10.1002/leap.1550
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/leap.1550
 
まとめ 盗用・自己盗用について
前回と今回に渡り、研究不正、特に盗用・自己盗用についてご紹介しました。数段落に渡る文書が、適切な引用なく転載されていれば盗用を疑われてしまいます。さらにeditorは、学術論文のセクションに応じて盗用・自己盗用の判断をする必要がある。
 
研究不正が発生すると後続の研究に対して大きな混乱が生じ、科学の発展を停滞させてしまうため、研究者は研究不正を疑われるような行為を避け、健全な研究活動を実施する必要があります。
 
次回は、粗悪な学術論文を大量に投稿するpaper millsについてご紹介します。


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