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アイドルジョッキー☆馬になる㊺ ♦ ユッカなき東京2歳優駿牝馬

 今年の東京2歳優駿牝馬は一騎打ちムードである。

 当初は3強といわれていたが、展開のカギを握ると目されていたアイウォンチューがレース間隔が短いということで出走回避となった。

 残る2強は最高の状態に見える。

 パドック解説者も高評価である。

 3枠4番グリーングリンに対しては、

『今回、休み明けでプラス12キロですが、まったく太くありませんね。バラキングステーブルで鍛え上げてきたというだけあって、馬体の張りも申し分ありません。北海道所属ですが最終追切りは冬木騎手を背に大井の本馬場で追われ、動き、時計とともにすばらしいものでした』

 8枠16番ルシュアジェシーノに対しては、

『いやあ、栗毛に派手な金のたて髪は、ほんと目を引きますね。あいかわらずチャカチャカして子供っぽいですが、気性は成長してますよ。先日、スクーリングも兼ねて大井の本馬場で3頭併せで追われたのですが、上級クラスの古馬に挟まれる苦しい形から最後は好時計で先着してきましたからね。万全といってよいでしょう。木林騎手とのコンビも楽しみですね』

 もう1頭、解説者がパドックで高評価していた馬が1枠1番のサクットネだった。

『ハードな調教をしても増減なしと充実してますね。それにしてもタフな馬ですよ。数多くレースを使ってきている中でもビシビシ追い切りをこなせますからね。先週はユッカという同じ2歳馬に置いていかれましたけど、今週は古馬に食い下がっていました。さらに騎手を乗り替えてきましたし、面白い存在になるかもしれませんよ』

 サクットネは柿沼からベテラン丹波へと乗り替わっている。

 昔ながらの風車ムチで激しく最後まで追う騎手であり、負けても馬の力を全てだしきる騎乗をしてくれる。

 ゆえに、もしかしたら……そんな期待を抱かせる。



【東京2歳優駿牝馬選定馬重賞SI 大井1600m(内コース) 天候:晴れ 馬場:良】

『最後に大外16番ルシュアジェシーノがゲートにおさまり、スタートが切られました。はたしてどの馬が逃げていくのか』

 まさに実況のとおり、アイウォンチューが出走を回避したことで逃げ馬不在となっている。

 となれば逃げれば有利になりそうだが、圧倒的に強い馬がいると潰されてしまう可能性が高くなる。強敵馬2頭を相手に真っ向勝負を挑めば、潰されて入着すら厳しくなる。ならば、2頭とは別の競馬、つまり、行くだけ行かせて差しにまわるというのが賢明な判断ということだ。

 だがひとり、そんなこと知ったこっちゃないという男が。やるからには、どんな相手だろうが勝ちにいくという気迫あふれる男が。

『好スタートを切ったグリーングリン、冬木騎手は周りを見ながら先行していきます。このまま主導権をとっていくのか。いや、内から白い帽子が一気に上がっていきます』

 丹波の出ムチに応え、サクットネが先頭で1コーナーに入っていく。

 2馬身差でグリーングリンがつづく。ルシュアジェシーノは中段後方。4、5頭固まる大外を回っていく。

 相変わらず舌をだして楽し気に走っている。


 ――そして、向こう正面。早くも動きが。

 ルシュアジェシーノが前走のように1、2コーナー外々を周って前と押し上げていた。

 だが、前走とは明らかに違う。引っかかって上がったのではなく、折り合いがつきながら押し上げていた。

『押し上げてきたルシュアジェシーノ、早くもグリーングリンに並びかけていく』

 そして、ここからは展開不問。力のガチンコ勝負の始まりだった。

 2頭が馬体を併せた瞬間、一気に加速していく。

 前をいくサクットネは何もできぬまま飲み込まれていった。


『3コーナー、後続は離れる一方です。どっちも譲らず鼻づらをあわせたまま4コーナーへ』

 別次元を走る2頭の世界になっている。それは2人の世界でもある。

『内の冬木の手が激しく動く。負けじと木林の手も。さあ、向こう正面から競り合ったままの勝負は直線へ』

 トップスピードで大井内コースのきついカーブを回ってきた2頭は膨らむように馬場の真ん中へ。

 馬体はぴたりと併さっている。

 ここで木林が左手に持つムチをくるりと回して握りかえ、気合とともに尻腰へ振り下した。

 それに反応し、ルシュアジェシーノがぐいっと前へ。冬木の右ムチもグリーングリンに飛んでいるが半馬身の差が。

 そこからルシュアジェシーノから一気に突き放……いや、グリーングリンが食らいついている。

 前走でJRA馬相手にかわされてから差し返したあの勝負根性で。

『グリーングリン盛り返す。再び並んだか』

 残り100メートルで再び鼻づらが並んだ。

 とその時、ルシュアジェシーノの口元に見えていたものが消えた。

 舌が消え、ハミをかんだ瞬間、目の色が変わった。

『ルシュアジェシーノか、グリーングリンか。内からグリーングリン、外からルシュアジェシーノ。ここでルシュアジェシーノ。ルシュアジェシーノ、ルシュアジェシーノ、ルシュアジェシーノ!』

 最後の100メートル、それがルシュアジェシーノがお嬢から女王へと目覚めた瞬間だった。



 1馬身半差でグリーングリンが2着となり、3着以下は大差がついていた。

 その3着以下は4頭が横一線でたたき合い、鼻差抜け出したのはサクットネだった。

 それは2頭にかわされた後、コーナーでしっかり息を入れた丹波の好騎乗であり、最後の踏ん張りはハード調教で鍛えられた成果でもあった。



 後日、ルシュアジェシーノがJRAに戻ることが発表され、グリーングリンの大井移籍も報じられた。

 これからユッカは南関東クラシック路線でグリーングリンやアイウォンチューと戦っていくことになる。

 そして、いつの日か、どこかでルシュアジェシーノとも。


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