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玉井ママとししゃもとヨガ

【玉井ママシリーズ】

今から50年くらい前、まだ玉井ママがヨガの修行中のころの話です。

「玉井さん、あそこのスーパーのししゃも食べて食中毒になったらしいわよ」そんな話はそのスーパーの店長の耳に入り、慌てて彼は自宅を尋ねてきた。でも、本人は近くの病院に入院しちゃってたもんだから、中学生のぼくが対応をした。

「今後も万全の衛生管理体制のもとで鮮魚を扱い。。」まるで 国会の答弁みたいだなぁとぼくは思った。通り一遍の釈明の弁を述べ終わった店長は、お見舞いにこれをと言って、玄関の三和土に菓子折りを置き逃げるようにして帰っていった。ふぅ、よかった。 ぼくは後ろ向きのミッションをクリアーした安堵感にホッとした。 というのも、ちょっと後ろめたい事情があったのだ。

その「ししゃも食中毒騒動」は玉井ママが、ししゃもは刺身で食べられるか?にチャレンジしたことによる顛末だったのだ。加熱して食べるべきそのししゃもの品質にそれほどの問題があったとは言い切れない。 生で食べようとしたほうが、明らかに落ち度がある。自由すぎる玉井ママの責任なのだ。

「もう、退屈しちゃってベッドでヨガのポーズを練習してるわよ」

見舞いに行くも、入院したお袋は二日で下痢も嘔吐も治まり、手持ち無沙汰にしていた。 四人収容の相部屋病室にはお袋ひとりだけ。話し相手もいない環境で退屈して いた。「やっぱりししゃもは焼かなきゃだめね」 と嘯くその態度にはまったく反省の色かはない。まぁ、思い返せばこの母親に危ないからしちゃダメよと ぼくは言われた事がないから、さもありなんってことだな。

ほんじゃぁね、と言い残してぼくは病室を後にした。まぁでも大事に至らなくて良かったなぁ、なんて思いながら階段を下りていると 、偶然にも中学の野球部の顧問とすれ違った。井出先生だ。

「おー、玉井。何やってんだ」

あっ、ちょっと知り合いが。あの、入院で、えーと。玉井ママからは、このししゃも騒動を秘密にしておけと指令があったので返答に窮した。しかし戸惑ってしどろもどろになってる場合ではない。ここは切り返しだ。

先生こそ、どーしたんですか?

「おー、蓮沼が練習中に骨折しちゃってな。入院だ」

ふうん、そうなんですね、大変ですね、ご苦労様です。 と言うや否やぼくは病院の階段を二段飛ばしで逃げるようにして下りた。 逃げるが勝ちだ。だれにも入退院の顛末を知られたくない玉井ママ。だいじょうぶ、大丈夫。どうか井出先生に見つかりませんようにと念じて外に出た。大量の蝉が鳴いていた。 汗が噴き出す。しかし杞憂には終わらなかった。

「あれっ、玉井って、あの玉井の家族かぁ?」

井出先生はたぶん、そんな感じで部屋にかかる入院患者の名札に「玉井昌恵」を見つけてしまったのだろう。 それとはなしに病室の中を覗く井出先生。「た、たまいさん?」病室を覗いてそう声をかけた井出先生だったが、その時の先生の目の前にはあられもない光景が広がっていた。

退屈して手持ち無沙汰な玉井ママはベッドの上で Pincha Mayurasana というヨガのポーズをキメていたのだ。何、それ? はい、いわゆる「逆立ち」のポーズ。手のひらから肘までをベターっと台座にしてやる三点倒立みたいなヨガの逆立ちのポーズだ。しかも、点滴の針が刺さったままベッドの中央での逆立ち。入院着のムームーはめくれて、ベージュのパンツがあらわとなったケツ。お世辞にも綺麗とは言えない筋肉質の両足がケツを割って井出先生に向かってご開帳。凍りついたであろう井出先生。

「はぁーい、今、下りますからね」

ゆっくりと体勢をもとに戻した玉井ママだが、もうそこには誰もいない。 廊下に出てまわりを見回すと、早足で逃げ去る井出先生の後ろ姿があったそうです。 その後ろ姿には、何もなかったことにしたい感じがありありと背中から読み取れたそうだ。

さすがに顔から火を噴いた玉井ママ。

「おい玉井、なんかお母さんから聞いてるか?」

いいえ。

翌日、学校で井出先生から訊かれたけど。ぼくは優しさでそう応えてあげたんだけど、何気に目を合わそうとしない。

さては先生、やっぱりケツ見たな。

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