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LETS

海外における地域通貨の事例は様々なものがあるが、そのなかで最も有名なもののひとつがLETS (Local Exchange and Trading System)であろう。LETSのモデルとなったのは、ロバート・オーウェンの労働貨幣であるという[1]。LETSは、1983年からカナダのバンクーバー島のコモックスを中心として利用されている地域通貨である。通貨名はグリーン・ドルとよばれる。グリーン・ドルとカナダ・ドルとのレートは、1対1で固定されている。

また、グリーン・ドルは帳簿上の貨幣であるため、何らかの実体をもって存在しているわけではない。したがって、カナダ・ドルと直接交換されて地域外へと流出する可能性はあらかじめ閉ざされている。LETSの参加者同士のやり取りは、帳簿上に記録される。グリーン・ドルの取引では、事前に資金を用意する必要も、取引の後で債務を返済する必要もないことが特徴である。

 LETS参加者の口座は、残高0の状態から始まり、グリーン・ドルを使用すると口座からその分がマイナスとして記録される。財やサービスを提供してグリーン・ドルでの支払いを受けると、その分がプラスとして口座に記載される。口座に記録されたマイナスは、返済すべき負債ではなく、LETSのメンバーにどの程度貢献すべきかを判断するための指標となる。また、通貨の発行は、財やサービスを受け取った人がその取引額に応じて通貨を発行することとなる[2]。

 LETSの口座をマイナスにしたままLETSのメンバーから財やサービスの提供を受け続けることもできる一方で、口座がプラスのままメンバーに貢献し続けることも可能である。どちらの場合でも市場における取引とは異なり、代金の支払いを要求したりされたりするということはなく、口座がなるべく0となるように、LETSを通じてのメンバー間での取引を続けていくことが目標となる。

 LETSのやり取りは、商品交換の形式をとって行われるため、商業的な営業活動に使われると、課税の対象となる[3]。しかしながら、LETSの機能は、単なる市場経済における商品交換を補完するだけではない。LETSは、先述のようにコンピュータ上の帳簿にのみ存在する貨幣であるため、LETSシステムの外部に流出することがない。したがって、LETSはLETSのメンバー同士の間でのみ流通する地域通貨であり、特定目的貨幣であるといえる。そして、LETSには利子がつかず、現金との直接交換も禁じられている。したがって、グリーン・ドルは地域の中での購買力としてのみ使用できるのであり、グリーン・ドルは資本へと転化する可能性はない。

 そのため、LETSの参加者を増やし、グリーン・ドルの利用機会を増加させることで、地域経済を自立が可能であると考えられる。しかしながら、地域内で財やサービスの完全な自給自足は不可能であるため、外部とのやり取りが必要となる。その場合は、グリーン・ドルと現金との組み合わせによる取引が考えられる。地域内での自給が難しいものの場合は、現金の比率が高くなるであろうし、地域内での自給が可能な場合には、グリーン・ドルでの支払いとなる。こうして、一定程度の経済循環を地域内で完結させつつも、開かれた地域経済が可能となると考えられる[4]。

 また、LETSを通じた取引は、形態としては市場における商品交換によく似ているが、メンバー間での互酬関係を新たに構築するものである。それぞれのメンバーにとって、取引を行う相手はその都度異なるであろうが、グリーン・ドルを通じて対称的なメンバーとやり取りを繰り返すことで、緩やかな互酬関係が形成される。LETSには、そうした互酬関係を制度的に支える機能があるといえる。

 また、丸山によれば、「LETSは自然と人間との関係についても大幅な変更をもたらす可能性を秘めている」という[5]。例えば、LETSを利用している地域の企業が、地主に対して地代を地域通貨で支払うとする。その場合、地主は地代として得られる地域通貨を使用するために、地域の財やサービスを積極的に利用しようとする。一方、企業は、地代を地域通貨で支払うために、LETSの口座はマイナスとなる。そのマイナスを補うために、地域に貢献できるような財やサービスを提供しようとする動機が、企業に生まれることとなる。また、LETSを利用して環境税を徴収するならば、さらに企業側の口座はマイナスが増えるために、積極的な環境対策を施そうという動機づけになると考えられる[6]。

 丸山は、このような地域通貨の試みを「商品交換を突き抜けて、これまでになかったような新しい人間関係を創造する試みであるとともに、人間の経済を生命系の営みとして再度生きている自然の中に埋め戻す可能性を拓くものである」と評価している[7]。

 さて、興味深いことに、LETSは様々なタイプがあり、「市場志向」と「コミュニティ志向」のものがあるという[8]。市場志向のものは、LETSをできるだけ市場経済に近づけ、地域と市場経済とを関連付ける方向性を持ち、一方のコミュニティ志向のものは、市場経済とは一線を画し、地域の自立性を高めていこうとするものである[9]。これは、どちらかが正しく、どちらかが間違っているというものではなく、LETSの制度設計上、両方の性質が備わっているため、利用する地域の特性によってほぼ必然的に出てくる傾向であると考えられる。地域の個性や特色によって、様々なタイプのLETSが運営されることによって、地域コミュニティの活性化とともに、経済的な自立も達成されるのではないかと考えられるのである。

 このように、地域通貨の使用は、市場的な価値のやり取りだけではなく、イリイチの言うヴァナキュラーな価値を交換することにもつながる。また、市場における交換を促進しつつも、地域における互酬性を取り戻すことにもつながるのである。

[1] エントロピー学会編『「循環型社会」を問う 生命・技術・経済』藤原書店、2001 p.207。
[2] 西部忠『地域通貨を知ろう』岩波書店、2002 p.38。
[3] 丸山真人「経済循環と地域通貨」室田武・多辺田政弘・槌田敦『循環の経済学 持続可能な社会の条件』学陽書房、1995 p.240。
[4] 丸山真人「地域通貨論の再検討」明治学院大学国際学部『国際学研究』第6号、1990 p.52。
[5] 同上。
[6] 丸山真人「経済循環と地域通貨」室田・多辺田・槌田前掲書 pp.212-213。
[7] 丸山真人「地域通貨論の再検討」明治学院大学国際学部『国際学研究』1990 p.53。
[8]エントロピー学会前掲書、2001 p.214。
[9] 同上。

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