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奈良にある琵琶と琵琶譜のはなし

私の出身は奈良ですが、奈良といえば秋の風物詩、正倉院展が有名ですね。
正倉院展は奈良国立博物館を会場として行われるのに対して、当の正倉院は、東大寺の境内の外れの、目立たない場所に建っているので、わざわざここを訪れようという人は、あまりいません。

正倉院のある一角は、散歩やサイクリングのコースに最適。観光シーズンでも比較的人が少なく、地元民にとってはちょっとした憩いの場です。
上の写真は、3年前の秋に帰省したとき、外構が一般公開されている時間帯に行って撮影したもの。夕方近くだったので、逆光になってしまいました・・

天平時代のタイムカプセルとも言うべき、奈良の正倉院の宝物群には、唐(とう)の国から請来されたものを含む、奈良時代の楽器がたくさんあることは、ご存知でしょうか。前回の記事でも、楽琵琶の現存例として紫檀木画槽琵琶(したんもくがのそうのびわ)をご紹介しましたが、それ以上に名高いのが、螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)です。

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↑ 正倉院宝物、螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんのごげんびわ)
この楽器の詳しい情報はこちらへ!

この五弦琵琶は、日本に残る琵琶では例外的に、糸倉の部分が真っすぐな直頸(ちょっけい)琵琶です。反対に糸倉が直角か、それに近いように折れ曲がった曲頸(きょっけい)琵琶のほうが我々には馴染み深く、その特徴はアラブのウードや、ヨーロッパのリュートの多くとも共通します。直頸で五弦の系統の楽器は、日本では早くに途絶えたのでしょう。ちなみに、弦の数が多くなると糸倉が曲がったものから真っすぐにものになるという現象が、ずっと後の時代に、ヨーロッパのリュートで起こったというのは、個人的に少し興味深いところです。

さて、この貴重な螺鈿紫檀五弦琵琶は、めったに一般展示されることがありません。それが2019年秋、天皇陛下のご即位記念の展覧会に、特別に奈良から東京に運ばれて出陳されました。幸運なことに自分の一時帰国のタイミングと重なったので、この機を逃すまいと東京国立博物館まで足を運び、じっくりと楽器に対面し、その素晴らしさに魅せられました。

後になって修復された部分がかなりあり、当初の状態のままで完全に保存されているというわけではありません。それでも、8世紀に大陸から海を渡って日本にもたらされた琵琶が、今もこうして奇跡的に残っているという事実そのものに、私はえも言われぬ感動を覚えます。と同時に、奈良民の血が騒ぐのです!

正倉院宝物は、我々奈良民の誇りでもあります。なおかつ、奈良時代の琵琶が自分の故郷に今もあるというのが、こと西洋のリュートを専門とする私にとって、とても偶然ではすまされないような、重要な意味を持っているように思えてなりません。
正倉院の琵琶の存在は日本で有名でも、海外ではそこまで周知の事実とはいかないので、例えばこちらで習ったリュートの先生たちに、
「自分の出身の町には、8世紀の琵琶があります」と言うと、とても驚かれまた。
ちなみに、奈良国立博物館のショップで買える正倉院グッズの中でも、この琵琶がデザインされているものは、ヨーロッパ人への贈り物にとても喜ばれます。海外在住の方は、奈良にご訪問の際のお土産に是非どうぞ!

もうひとつ、奈良民の私の血が騒ぐことが。
なんと正倉院には、奈良時代の琵琶の楽譜までもが、残されているのです。

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↑ 正倉院紙背文書(しはいもんじょ)より、琵琶譜

いえ、「残された」と言うよりは、先ほどの琵琶のように当初から残す目的で倉に収められたのとは違って、「偶然残ってしまった」というのが正しいでしょう。何せ紙背文書とは、要らなくなった紙の裏面を再利用したものが残された場合に、それに伴って最初に書かれていた側の文書が、断片的に見つかることを言うのです。
ですから、この「天平の琵琶譜」は、もう用済みとなった一時的なメモ書き程度のものだったとしても、日本に残る楽譜(または奏法譜)としては確認できる限りで最古です。これを元にした復元演奏が、現在までにいくつか試みられています。

日本に残る最古の琵琶も、そして最古の琵琶の楽譜も、奈良にある。

「えへん、どうだい」と、言いたくなります。
「それがどうした」と、返されると正直困りますが・・

最後に、もうちょっとだけ自慢です。
過去の正倉院展の図録!自分が生まれる前のものも合わせて、親類から譲ってもらったり、古書店で探し求めたりして、約半世紀分が揃いました。今は全て実家に置いてあります。これだけはなかなか捨てられません。

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琵琶が表紙になっているのがこれらの中にいくつあるか、お分かりですか?
↑ 意外とマニアックなクイズかも。

要は、私は琵琶にのみ関心があるのではなくて、昔から正倉院の宝物全般が好きなのです。最初に正倉院展に行ったのは、小学生のとき。

お前はリュート奏者だろ、琵琶はいいから、いい加減早くリュートの話をしろ!

こういう声がどことなく聞こえてきそうですから、次回からは西洋のリュートの話題に戻りますね。

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