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古民家に住んでいる話 5

瓦屋根から流れた雨水は雨樋を流れ、奥座敷の面する縁側の脇、数少ない壁部分に配された竪樋を下り落ちる。排水は直接庭に流され、それなりに水捌けの良い土の上にもすぐに水溜りができる。そこに更に排水され続ける為に、雨が降った時俺の部屋に聞こえる音は雨がガラス戸を叩く音でなく、水溜りに水がジャバジャバと流され続ける音である。古びた雨戸は開けっ放しで動かしていない。

その縁側に出ると、すぐ左手には旧便所への入り口がある。手前の障子は奥座敷の押入のもので、押入の修繕が完了するまでここに放置している。

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開き戸となっている舞良戸を押し開ける。横桟(舞良子)の内2本が横に滑り閂となる。上の1本は現在動かない。この家の初見殺しの1つである。

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丁度戸が当たる部分に御札が貼ってあり、開閉するとすぐに破れ散るであろう事が想像に難くなかった。貼った時はもうこの舞良戸は開けっ放しのままにしていたのだろう。

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御札には大きめのテープを貼った。これで舞良戸を閉められる。右下の2つの窪みに舞良子が挿さる。左下の引き窓は戸袋に繋がり、雨戸を出し入れする際に使う。

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さてこの御札に書かれた2柱、あまり見ない名である。調べてみると櫛石窓神(クシイワマドノカミ)・豊磐窓神(トヨイワマドノカミ)、何れも天石戸別神(アマノイワトワケノカミ)の別名で、古事記にて天孫降臨の際ニニギノミコトに随伴した1柱である。「この神は御門の神なり」と書かれ、古来より天皇の宮殿の四方の門に祀られてきた神であるらしい。


手前から押入、小便所、大便所、また押入。

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上記の舞良戸と同様、手前の押入も横桟が閂になる。中には今は火鉢しか置いていない。

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入居した頃は大家さんもここの存在を忘れていたようで、本や大量の雑誌、ギター、火鉢に掛軸、更にはアルバムや手紙までが雑然と入っていた。

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アルバムと手紙は大家さんに渡し、雑誌類は捨て、残りは頂戴した。掛軸は3軸あり、今は絵柄が気に入った真中の1幅を掛けている。

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押入の手前には手洗い器と鹿島神宮の御守札。手洗い器の排水管は今は取り外されているが、外に繋がる穴は塞がれていない。虫も風も外から好きに出入りできる。洗うのに使う水は、手水器という小さいタンクが上から吊るされていたのだろう。以前俺の両親がこの家を訪れた際は随分懐かしがっていた。日も当たらず風だけが抜ける極めて冷えやすい空間で、恐らくもっとも温度が低いのはここだろう。冷気を遮るべく、寒い時期は舞良戸は閉めておく事にしよう。

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小便所。朝顔と呼ばれる形状のものだが水洗機能は無い。使用不可、戸は引き戸。

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大便所。使用不可。所謂ボットン便所というやつで、やはり水洗機能は無い。埃が目立つが、入る機会も無いので後回しにしている。

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最も左側にある押入。本や簪が入っていた。

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このまま西側廊下を抜けていくと、増改築した部分に繋がる。

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手前から神棚裏のヒカル部屋、押入、洋室のPrea氏部屋、台所に隣接するヒトケン氏部屋。戸は障子でなくガラス戸であるし、廊下は旧家屋部分より遥かに気密性がある。

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ところで、何故便所の手前に御札が2枚も貼ってあるのだろう。答えは方位にある筈だが、この家は玄関・正面が南東~南南東を向いている為語りにくい。航空写真で見るとこの空間は家の中で真北に存在する。これが北西か北東であれば説明しやすいのだが、横に長いこの家の正面が南南西を向いているのだから南向きと捉えてもよかろう。すると俺の部屋が面する縁側は東、便所や押入が並ぶ廊下は北となり、御札があるのは北東=艮、即ち鬼門であるという事になる。鬼門に神を祀り家の護りとした、と考えれば納得がいく。更に庭を見るとこの位置には祠がある。これもやはり上から見ると家の北に配置されている事になってしまうのだが、北東であると捉える事にしておこう。

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祠は稲荷神を祀り、家の入口の方角を向いている。尚、屋敷神に五穀豊穣・商売繁盛を司る稲荷が祀られるのは全国一般的である。

因みに北西=乾は陰陽道では天門になる。天門は魑魅魍魎の出入りする方位であり、ここを鎮めると家運が栄えるとされる。鬼が出入りする北東の鬼門、その反対の南西・裏鬼門も忌み嫌われるが、天門の特徴としては悪霊のみならず善神も出入りする両儀的な性格を持つ為、ここに床の間や居間を作り神棚・仏壇を配すれば家相としては大吉になる、という点にあろう。また柳田國男によれば、北西からの風はアナジやタマカゼ等と呼ばれ忌避されたという。北東を鬼門とする陰陽道の輸入後も民間の実生活上では北西を恐れ、黄泉の国の方角であるとか霊魂の帰りゆく方角であったともいう。・・・・・・この家ではあまり関係の無い話ではあるが。


尚俺の部屋が面する縁側だが、雨の日はいつも床板に水が染みる。これはあまりよろしくないような気がする。一部雨戸を配置しているが、あまり効果がないらしい。

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以上、ケの空間と方位の話であった。

然らば。

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