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『サルディーニャの蜂蜜』

<印象に残った話>

・口紅

幼少から刷り込まれた<地味で従順であること>を否定しようと、母親から禁じられたことをことごとく実行し続けてきた。
「でもね、口紅を濃く塗れば塗るほど、母親の叱責や吊り上がった目が遠い記憶からよみがえってくるの」

貴族出身で政略結婚を破棄したことで勘当され、それから自力で生きてきた六十代の女性との出会いの話。
イタリア女性がいくつになっても女性であることを楽しみ、強さとしたたかさを持つ様が描かれている。

・満月に照らされて

鍋を外の食卓へ運ぶ。山の下方で木がざわつく。それを合図のように、イヴァンが大鍋に塩とパスタを投げ入れる。
<略>
東の山の上に月が昇り始める。鍋に黒々と沈んでいたソースが、月光を受けて赤く照り返す。熱々のパスタをイヴァンが皿に粧い分けていき、老母がその上へ濃厚なソースをふた匙分ほど載せて回る。
音のない夜だ。各人の皿に、銘々の月が光っている。

イタリアとフランスの国境近くの山間部に筆者が暮らした時に出会ったとその家族の話。この女性も苦労した過去があり、それを乗り越えて手に入れた山での生活が綴られている。自然の中でのつつましい暮らし、ページの外まで香り立つボロネーゼの描写が印象的。月明かりの中で食卓を囲むシーンは、映画のワンシーンを思わせるような美しい描写。

<まとめ>
イタリア在住の日本人ジャーナリスト内田洋子が、様々なイタリア人との交流を描いた15編のエッセイ。イタリアの気候同様、光が強い分だけ影が濃い様々な人生を垣間見ることができる。主観を抑えた客観的な視点で書かれていて、ロードムービーを見ているよう。
なぜ内田洋子は、この本に出てくるようなドラマチックな物語を持つ人に度々出会い、決して社交的ではなさそうなその人たちと距離を縮め、これまでの人生を聞き出すことができるのか。ジャーナリストならではの話を聞き出す技があるというのと、日本人という「よそ者」な立場がかえってイタリア人を安心(油断?)させて喋ってしまうのか。


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