辞令

これからもっと彼女と関係を深めていこうとしていた矢先、自分に転勤の辞令が来ました。

それはここから遠く離れた場所の勤務だった。頑張れば1日で往復できるけど、一番に思ったのは「もうなかなか会えなくなるな」だった。

彼女の旦那も同じタイミングで転勤が決まったらしく、彼女のお店でも一人異動するらしいという情報を聞いて、まさかと思ったのが自分だったわけです。

「無理、もう仕事辞めます」

「え、何言ってるの」

そんなやりとりを何回か繰り返した後、予定を合わせて毎月会おう、ということになりました。というか、一方的に自分が「この日どう?」というのを彼女が休みを取ってくれた感じだけど、それはありがたかった。

ここから一日中、連絡を取る日々が始まります。

朝はおはよう。そして寝落ちするまでずっと、という感じのやりとり。

転勤の数日前。台風が来て、送別会がお釈迦になりました。少人数だけで食事会を開いてくれることになりましたが、最初は彼女は呼ばれていなかった。

直前になって「そういえば今日、同じ部門の人たちで食事会するんだけど」と言ったら「行きたい!」となった。実は次の日、彼女と夜ご飯を食べる約束をしていたので、誘わなくてもいいかな、と思っていました。でも「旦那にも許可もらいました!」と言っていたので、早番で上がった彼女を誘って「会社にお土産を買いたい」と一緒に来てもらうことにした。近所の洋菓子屋さんで品物を選んで、アパートの駐車場に戻った。

まだしばらく時間があるから、と話をしました。ちょうどワールドカップかなんかをやっていて、車の中でそれを観ながら、時間をつぶした。いざ集合時間が近くなって彼女が車を降りる時「ちょっと待って」と頭に手をやり、そのままキスをした。その後の食事会は、なんともいえない優越感が自分を包み込んでいました。

次の日、彼女と二人での食事会。「お酒、飲みに行きます?」と言うので「いいの?」と答えた。「まぁ今日は実家に泊まるつもりだし、近いんで、母に迎えに来てもらおうかなと」と言うので、そのまま居酒屋に向かいました。代行でアパートの駐車場に戻り、話をした。今日で頻繁に会えるのも最後か。そんなことを考えたら、とても寂しい気持ちになった。

もう最後だし、と思って彼女を部屋に誘った。もう布団しか残されてないけど。「少しだけですよ」と言って、暗い部屋の中で、彼女を裸にした。気付くと、外は明るくなっていた。

しかしずっと自分が異動してから「好きな人がいる」という発言が気になっていた。それが会社の人なのか、そうではないのか。というか誰なのか。聞けずにいる自分がいました。

実は、一人思い当たる人物がいた。

さて、ここで答えを発表します。いちいち推測してもらうのも申し訳ないので。その相手は彼女が一緒に坂道のライブに行っていた、職場の上司です。

まさかな、と思う自分がいました。でもそれを聞く勇気もなかった。

でも話をする中で、ちらほら上がってくるその名前に、自分は明らかな違いを感じていた。そして、だんだんとその推測は確信に変わっていきました。

休みの日、連休をもらって、彼女に会いに行く日々が始まりました。ここで「休憩」というものを利用するようになった。

少しでも一緒にいたい。そして彼女に触れていたい。その気持ちはどんどんと膨れ上がっていきました。その少ないチャンスを確実にものにするため、自分は会うたびに彼女を求めました。

彼女には家族がいる。この時、そんな事実や罪悪感は消えていたのかもしれない。彼女だけにちゃんと向き合えば、なんとかなる。どこかでそう思っていたのかもしれない。

彼女の手料理は数えるくらいしか食べたことはない。そのうちの一回。転勤して1ヶ月くらいでしょうか。自分はあまり体調がよくなかった。大体転勤すると、一回体調を崩します。運が悪いことに、ちょうどその日に当たってしまった。でもその日は水族館に行く約束をしていた。希望で「なにかお弁当を作って欲しい」ということを伝えていた。彼女は「じゃあ唐揚げ作る」と言ってくれた。前日の夜から自宅で揚げ物をしてくれたらしい。本当はお弁当が良かったけれど「朝からお弁当詰めてたら怪しいでしょ」と言われ、そうだよなと思った。

必死の思いで唐揚げを食べたけど、結局夕方、自分はギブアップして、そのまま解散になりました。体調が戻らず、会社を休んで病院に行ったことを伝えると「唐揚げのせいだ」と言われた。いやいや、その前から体調悪かっただけだと言っても、彼女は悲しそうな返事しか送ってこなかった。

数日後、体調が戻り実家から転勤先へ戻った日の夜、彼女の職場近くでは花火が上がっていたらしい。写真とともに「きれいですよ」と送られて来ました。メールを見て「体調が最悪な時に、好きな人から花火きれいだよ、って写真送られて来たら、大体の人は泣く」と送ったら「なんだか私も泣きそう」と返って来ました。なんでよw

しかし、この「ですます調」のメール、なんとかなんねえのかなと思っていた。いい加減タメ口でいいのに、という思いがありました。

次に会うまでしばらく時間があったけど、メールをする中で「行きたい展示会がある」ということで、休みを聞いたら、奇跡的に1日だけ会う日がありました。

「じゃあ行こうか!現地集合!」

まさか数日後に突然会える日がやってくるとは思わなかった。その日はとても充実した1日になった。

その後、鎌倉にも行きました。なぜかその日だけめちゃめちゃ寒くて、ずっと猫背だったのをよく覚えている。鎌倉には有名な指輪のお店があって、ずっと「どうする?作る?」と聞いていたのだが「どうしよう、どうしよう」が消えないので「じゃあ一緒に作ろう」と提案した。

整理券をもらって、お店の中へ。錆びにくいという素材の指輪を一つずつ作ってもらった。これでお揃いのものができた、と思った。次の日、彼女から「仕事中も付けてるよ」という写真が送られて来ました。今思えば、このときが幸せの絶頂だったかもしれない。

年明け、すぐに近所のショッピングモールへ行った。自分は実家に戻っていて、彼女は仕事始めだった。お正月というだけで、特別感があった。雑貨屋で、ネットで見た人形を買って「どっち持って帰る?」なんてキャピキャピしたやりとりをした。別れ際にキスをして「今年最初のキスだ」と思った。

しかしここから地獄のような日が訪れる。

突然連絡の取れない日があった。朝に「おはよう」とやりとりをしてから、夜になっても連絡がないのだ。何かあったのだろうか?と思ったが、仕事終わりに突然「坂道ライブの上司」の顔が浮かびました。まさか、まさかなと思ったけど、それを確かめて、違ってたときはまずい。それでも確認せずにはいられずに、深夜、長文のメールを送った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?