疲れていく

彼女が本気でこのメールを送って来ているんだな、というのは文面を見てわかりました。でも自分が納得できるところまでは書かれていない。

一年考えて来て、そのくらいしかないのか、ということを思った。すぐに成果が出ることを期待したいけど、それほど事態が上手に運べるとも思っていない。人生がいつ、どうなるか、ということにおいては、病気をした自分の経験から、とてもよく分かっている。

今にも崩れ落ちそうな吊り橋から、やっと底板が新しい木の板になったくらいの変化にしか感じることができなかった。もっともっと、これから先、決めなきゃいけないことだってある。

自分でも強く感じるくらい、自分は根性がない人間だ。そして継続性もあまりない。やっていることにはすぐに結果を求めてしまうし、何も決められない人というのがもともと好きじゃない。でも彼女は違った。何があっても、一緒になりたいという気持ちに変化はなかった。

自分でも不思議だった。これだけもやもやして、不安な思いになって、もう終わりにしようということも、何度も思っているのに、それができない。前の自分だったら「終わりだ終わり!」くらいに思っているところだろうと思った。それだけ彼女のことを思っている、ああ自分は本気でこの子のことが好きで、愛しているんだなとわかった。できるところまで向き合おう。こっちが逃げちゃだめだろうから。

でも永遠にはこの関係を続けることはできない。いつか分岐点を作って、どの道に進むか決めないといけない。そのときに彼女との未来が真っ直ぐ光っている道として存在しているように。それだけを考えるようにした。

調べられることは調べ尽くした。子供の養育費のこと。行政の手続きのこと。そして旦那や上司との関係。もし一緒になったとしたら、また4人が一緒の職場で働く日が来るのか。それはちょっと嫌だなと思った。しかしすぐに「だったら最初からこんな関係にならなければいい」という結論に行き着く。自分の頭ではわかっている。そして正論をどこかで排除しようとしている自分に気づく。

つくづく、自分も都合が良い人間なのかもしれないな、ということを思った。


「子供が今度小学生になる」

そう言われ、会うのを月一回にできないか?と言われたのが2月の初めごろだった。何の準備で、どれだけ忙しいのかも、こちらはよく分かってないが、それを受け入れるしかないだろうなと思った。

自分が結論を出したかったのは、子供のことを考えていたからでもあった。未だ彼女からのまともな返事がないまま、ずるずると小学校の入学までいくのか。入学したら、また環境を変えるのは難しくなるだろうな、と思っている部分があった。

旦那との未来は考えていないと言いながら別れる行動をしない相手にも、イライラがあった。そして上司のことも。

一緒にいて楽しくない、ホッともしない人間といることに意味があるのか?本当はどうしたいんだ?それって怖くて、ただ行動できないだけなんじゃないのか?そう思うことが多くなっていた。すぐに自分が悪いとか、ごめんねと言う割には言い訳が多すぎるよ、って。それって真剣に向き合ってないからだろ、って。

1ヶ月ぶりに会う彼女の顔には疲労が溜まっているように見えた。それでも会いに来てくれたことを感謝したけど、正直、こんな顔だったっけ?と思った。

入学の準備と、仕事も大変らしい。人付き合いが、なんて言っているが、話を聞く限り、ものすごくストレスを感じるレベルが低いことを思った。他の人ならどうってことないようなことも、ストレスに感じる、考え過ぎてしまう性格なのだ。

例えば食事に行って、メニューを決められないのにもつながっていくのだけど、それって「意味がない」ように思ってしまうのだ。

どんな選択をしても「しまったな」と思う瞬間はやってくる。だから自分の心に正直になることが、とても大切だと思っている。だから相手にも正直になって欲しいというのが自分の一貫した主張だった。

日々あったこと。興味のあること。大変なこと。隠さず話してよ。何が足りないのかも全部、全部話してよ。自分に一緒になるチャンスがあるなら、それって大事なことじゃないか?

彼女が「こんなこと話していいのかな」という表情になっているのはひしひしと伝わっていた。でも話さないと解決しないし、自分に話してもいいのかな、と思ってるくらいのレベルだったら、もう何も話さなくていいよとも思っていた。変に気を使われたくない。薄っぺらいよそ行きの顔で向き合われても、一瞬で見抜くさ、そんなこと。

相手が大変なときにこそ向き合いたい、助けになりたいのがあるべき姿なんだとずっと思っていた。自然とそういうことを考える時間が多くなっていたし、そういう気持ちが生まれていることは、まだ相手のことを想えるし、気持ちが離れていない証拠でもあった。

小学校の入学式の準備、旦那とするんだろ。自分はそこに参加できないのか。そして一緒にいたい、そばにいて君を支えたい。ぐちゃぐちゃな感情が行ったり来たりしていた。会いたい。会いたい。その感情の中に全てが集約されているように思った。

桜を見に出かけた後の、彼女と旦那の話し合いの中で、いつ自分に連絡が来るだろうか?と思っている部分があった。旦那と自分も会社の知り合いだ。そして話し合いがヒートアップした中で出て来た自分の名前。確実に彼女が自分との時間を優先し、旦那から、身も心も離れようとしていると思われていた結果、我慢できなくなって出て来たのだろう。まるで自分が悪役だなと思ったが、その通り、とも思った。でもこの状況で名前が上がってこない上司のことを「もっと悪いやつがいる」と思っていたのも事実だった。

旦那から怒りの電話が来るだろうか。電話が来たところで「彼女は自分じゃなくて、もっと近くにいる人と一緒になりたいみたいですよ」と全部暴露してやるつもりでいた。だから不思議と心の平穏は保たれていた。むしろ連絡が来ることを期待していたくらいだった。

でも旦那の気持ちも理解できたし、子供の気持ちも理解できた。自分の嫁が会社の上司や同僚と関係を持っていたら、それは穏やかではない。暴れたくなるだろう。将来、子供がその事実を知ったら、たぶん強烈にグレるか、頭の良い子なら、冷静に受け止めて軽蔑するか、どちらかだろう。

彼女がたまに話す子供のことを大事に思っているのは伝わって来ていた。でもどこか「義務」みたいな感じで子育てをしているのが気になった。子育ては義務なのか。若くしてできちゃった結婚した彼女はまだ遊び足りないらしい。もっと遊んでおけばよかったと聞いたことがあるが、それは単純に友達と遊ぶという意味なのか、異性関係のことなのかはわからなかった。たぶん両方だろうな。

彼女が小学生の頃に両親は離婚したらしい。旦那も10歳上、自分は8歳、上司に至っては一回り以上離れている。父親に対する憧れかなんなのか、かなり年の離れた人に惹かれる傾向がある女性だと思った。末っ子なのも影響しているのか、誰かに頼りたい、守られたい、察して欲しいという気質が強く、なかなか自分の本心を言おうとしない。きっと、これまでの人生は全部、周りの環境がお膳立てして来たものなんだろうな、と思ったこともあった。

自分で何かを決める、というチカラが恐ろしいほど弱い。誰かに決めて欲しい。誰かに動かして欲しい。誰かに変えて欲しい。時たま見せるそんな寂しげな表情が、男性を虜にするんだろうなと思う。そして自分もそんな罠にハマった一人なのかもしれない。

人間の人生は初めから平等ではないことは理解している。生まれつきかわいい人、かっこいい人はたくさんいる。そんな遺伝子のマジックをとても羨ましいと思っている自分がいる。自分は背も高くないし、イケメンでもない。モテない。病気もして、30歳そこそこでめでたく「基礎疾患持ち」にランクインされてしまった。負の感情の塊だ。

でもさらっとした表情で、特に苦労もなく、かっこいい彼氏だったり、かわいい彼女や奥さんを手に入れて、不倫にまで励んでいる人がいることを痛感すると、本当に不平等だよなと思う。さぞかし人生が楽しいんだろうな、という嫉妬と、そんな人生になりたかったという、泣きたくなるような気持ちのハイブリッド。

彼女は何もしなくてもかわいい。そして童顔で、さらに若く見える。以前「私のどこか好き?」と聞かれたときに「声」とか「センス」と伝えたことがある。彼女は驚いたように「だいたい顔って言われる」と笑っていた。もちろん自分だって、彼女の顔が好きだ。でもそれは違うよね、とも思った。だけど自分の顔がかわいいということを自覚してるなこいつ、と思った。隠れた努力をしているのかもしれない。でも性格上、本当に美容に凝っているとはとても思えなかった。

声や仕草も生まれ持ったものだ。スタイルもいい。「高校の時から体重変わってない」とあっけらかんと言っていた。それが多くの男性の心を惑わす。嫌われたくないという気持ちから、自然と人当たりは良くなる。関係を深める中で、表面的な部分ではなく、彼女の中にどす黒い物が漂っているのは知っていたが、あまり彼女のことを知らない人は、その容姿と笑顔を見て、完成された「守ってあげたい系」の人間であることに魅力を感じるのも無理はない。

そんな彼女と夫婦である旦那のことも、彼女が自分よりも先に関係を持っていた上司のことも、羨ましかった。全部倒してやりたいと思った。でも倒したところで燃え尽きるだろうなということも感じていた。本当の生活は、その先にあるのだから。

いつまで経っても、何も変わらない。時間だけが過ぎていくのが、とても嫌だった。

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