事業構想ブートキャンプ2022秋 東京

 2022年9月3日と4日の2日間にわたり行われたブートキャンプは、「コーチング」をテーマに、久しぶりに東京・丸の内のNUCBの教室から始まった。
 まずは、メンバーの瀧澤さんから「傾聴」の3つのレベルについてレクチャーを受けた。1つ目のレベルは内的傾聴であり、2つ目のレベルは集中的傾聴、3つ目のレベルは全方位的傾聴となる。1つ目のレベルはクライアントに寄り添うものであり、3つ目のレベルは聴き手になり切って考えるというものであり、次元が異なる。3つの目のレベルに入ることで、より、クライアントにふさわしい提案に繋がっていくという。しかし、これには驚いた。私にとって傾聴は得意な手段だと考えていた。しかし、これまでの経験に照らして、「それわかる!わかる!」と、自分ごととして同調していたに過ぎなかったのだ。3つ目のレベルを実践することは難しかった。しかし、難しいわけであって、誰でも慣れないうちはひたすら実践あるのみという。100人単位での実践的訓練を重ねるしかないということだった。
 傾聴トレーニングを積むことで、クライアントに焦点を当てて内側にある課題を一緒に探しにいくことが可能となる。課題に対する答えも内側にある。課題に対するソリューションを探すときに、MBAでの学びが役に立つというわけである。自分の勝手な意見を押し付けるのではなく、クライアントが意思決定することをサポートできるようになる。
 アダム・グラントはその著書の中で、穏やかな傾聴こそが人の心を開くとして、傾聴は「相手に変わる動機を見つけてもらう方法」であると述べている(註1) 。動機づけの具体的な3つの技術として、①聞かれた質問を投げかける、②聞き返しを行う、③変わろうとする意思や能力を是認する、を挙げている。また、多くの人は行動や考えを変えたいと思う時、現状維持を指向する感情と変わりたいという願望と相反する感情を持つため、「維持トーク」と「チェンジトーク」という言葉をつかって、維持トークに耳を傾け、チェンジトークを引き出した後、なぜ、どのように変えたいのかという質問を投げかけるという手順を踏むことを勧めている。そうして相手に強制するのではなく、相手は誰にも干渉されることなく自分の見識について熟考する機会を得ることになるという。
 さて、参加後しばらくして一つの面白い意見に出会った。理論社会学を専門とする学者のブログである(註2) 。そこには、最近見た映画を発端とした思索がつづられていた。「傾聴やコーチングの研修を受けた人と話していて強く感じるのは、「あ、いま気を使われたな」ということだ。(中略)「なるほど、あなたはそう考えるんだね」なんて言ったりする。ああ、よくある会話のテクニックだ、と思う。これからの社会では「感情的にならない社会の親密性」が新たな課題となるのではないかと述べている。この「親密なのに感情的でない」議論に参加するためには、まずは私自身の傾聴スキルを実装するレベルまで持っていくことから始めたい。

 次に私たちは1本の動画を鑑賞した。ジョン・ケージの「4’33”」という作品を演奏したもので、事前に多くの情報を与えられずに観た。作品について全く知らなかったので、私の中では目まぐるしく感情が行き来した。どうした?楽章と楽章の間を長く取っているのか?観客への何かのメッセージか?答えは、何もしないという作者の指示に演者が従っているということであった。
 この「何もしない演奏」というのは実は、彼以前にも作品がいくつかある。例えば、私の好きなアーティスト、イブ・クラインの作品もその中に名があった。IKBインターナショナルクラインブルーに魅せられていたのだが、今回改めて彼の作品に交響曲「単音―沈黙」があり、あの『人体測定』の公開制作の際演奏された記録があるということを知った。彼は柔道に造詣が深く、来日もしており、その際広島で「原爆の影」に触れたことが、後の人拓パフォーマンスによる『人体測定』シリーズにも影響を及ぼしているという。因みに、こちらは20分の持続音に続いて20分の沈黙、という指示だけがあるそうである(註3) 。作品の中にありながら、音が無いということで、むしろ完全な静寂はないということに気づかされる。これが「沈黙-聴こえる存在」ということである。彼の『「非物質性」を志向する創造的探求や、時代を超えて現代の作家たちに与え続ける豊かな想像力』 (註4)というものに今また光が当てられている。ちょうど、金沢21世紀美術館において2022年10月から展覧会が開催された。
 私たちはさまざまな目に見えないものに囲まれた「非物質性」という世界を生きている。見えないもの、聴こえないものを感じるという感覚を磨くことが生きやすさにつながるのではないかと思った。

 その後、「質問会議」を行った。文字で説明を重ねるよりも体験することで得ることが多いと思われるが、この方法はグループで行われるが、メンバーそれぞれが異なる見方を持っているため、いろいろな質問が出る。それはつまり傾聴のレベル3を維持しなくていいともいうことになる。一人の優秀なコーチがいなくても会議を進めることができるのである。また、質問と答えのセットを何度が繰り返す中で、課題に対して再定義が行われ実践知の集約が行われる。そうして質問を受けた人にとってはインパクトのある結論にたどり着くことができるものであった。チームとしての一体感が醸成されるため、孤立した現代においてこういう方法も有効だということであった。

 合宿では、アートをテーマにしたホテル運営の現場や日本の古典芸能であるお能の鑑賞なども体験することができた。どれも人々の熱意と集中力に触れ、共鳴する感覚を持った。人間は体験でした成長できないのではないかと錯覚するほど、貴重な時間であった。「事業構想とはいろんな人の場作り」という言葉を忘れずに、事業構想の実践にチャレンジしたい。
(M.W.)

註1アダム・グラント(2022)『THINK AGAIN発想を変える、思い込みを手放す』三笠書房、pp.227-256
註2 https://blog.szk.cc/2022/11/24/emotionless-intimacy/(2023年2月2日参照)

註3作曲家川島素晴のブログよりhttps://ameblo.jp/actionmusic/(2023年2月2日参照)
註4金沢21世紀美術館館長谷川祐子https://www.kanazawa21.jp/yvesklein/(2023年2月2日参照)

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