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横関大とはやみねかおる

作家はやみねかおる、デビュー30周年である。7月22日には「令夢の世界はスリップする 赤い夢へようこそ -前奏曲-」を上梓。氏を語るうえで欠くことのできない「赤い夢」を冠した作品であり、はやみね作品の個性豊かな主人公たちがシリーズを超えて揃い踏みするとあっては、かつて子どもだった頃その著書を手にした大人たちも、再びその赤い夢の世界に戻ってくるというものだろう。

私の子ども部屋の本棚にも氏の作品が詰まっていた。「名探偵夢水清志郎事件ノートシリーズ」が大好きだった。お小遣いをためて買う、一冊の本を手にしたときの喜び。二度と味わえまい良い時間の記憶が、今となってはおぼろげなのがなんとも悔しい。


はやみね作品でミステリーの世界の魅力を知った。少し怖い、けどワクワクする。氏のジュブナイルミステリーを入口として、その後もたくさんの本と出会えたことは私の人生の宝だ。伊坂幸太郎、海堂尊、東野圭吾――人気作家のヒット小説を貪るように夜ごとに読んだ。3年前、横関大の作品に出会ったときには心の中で乱舞した。「続きが気になる」という欲求に身を任せ、翌日の睡眠不足も厭わずにページをめくる背徳の念。深夜、読後感にどっぷりと浸りながら思い浮かぶのは「Good Night, And Have A Nice Dream」。氏のあとがきにいつも登場する結びのことばだ。


氏の紹介にはたいてい「1964年、三重県に生まれる。三重大学教育学部を卒業後、小学校の教師となり、クラスの本ぎらいの子どもたちを夢中にさせる本をさがすうちに、みずから書きはじめる。」とある。もはや子どもでもなんでもないが、一時期図書館の目と鼻の先に住んでいたぐらいには本が好きで、私はそこで横関大の「ピエロがいる街」と出会った。

この小説には「会いに行ける」をスローガンに掲げる市長とその秘書、そして街の人の願いを叶えるピエロとその助手が登場する。この街に住む小学生の願いごと「逃げてしまった飼い犬を捜してほしい」から物語は動き出し、ピエロの活躍劇が幕を開ける。ピエロといっても、映画「ジョーカー」のようなおそろしさは微塵もなく、就職活動中の助手に所帯じみた様相で接する親しみやすい人物だ。張り巡らされた伏線に訝りながら、ページをめくる手が止まらない。シンプルなストーリーでありながら身につまされる部分もあり、読了後、ああ本っていいなあという心地よい余韻がしみじみ残る作品だ。2019年に「ルパンの娘」がフジテレビでドラマ化され、いまや書店でも平積みされる地位を築いた横関作品であるが、最初に手にとった「ピエロがいる街」が私は一番好きだ。

子どもの頃、はやみねかおるが教えてくれた「本格ミステリとは」。年齢を重ねた私のアンサーが「ピエロがいる街」だ。「見つけた!」と思った。

奇しくも、はやみねのデビュー作の主人公もまたピエロである。「怪盗道化師」(講談社, 1990)。2002年にめでたく復刊された。世の役に立たないものだけをぬすむ怪盗道化師が街の子どもたちを笑顔にするあたたかな児童書で、この牧歌的なおじさん怪盗はどことなく、横関の描くピエロの姿と通じるところがある。

柄にもなく、ひとり童心にかえる。読書の楽しさの原体験をくれた夢水清志郎に、怪盗クイーンに、大人になった私が出会ったこのピエロのことを伝えたいと思った。村田四郎の挿絵で岩崎亜衣が「ねえ教授、聞いてるー?」とせっついている。


あとがき

「令夢の世界はスリップする」シリーズの刊行にあたっての取材記事[4]に、はやみね先生の印象的な言葉がありました。

「子どもはいつも幸せであってほしい」と願って、次の世代のことを考えられる大人がたくさんいてほしい。自分はヤセ我慢をしてでも、子どもたちを守る――そんな大人の姿を、夢水やクイーンに託しているのかもしれませんね。

「そして五人がいなくなる」「ギヤマン壺の謎」がまず浮かびました。「ギヤマン壺の謎」で「未来は子どもたちのものだよ」と夢水清志郎が語る場面。とぼけたキャラクターながらもまっすぐなセリフで、子どもたちへの真摯なメッセージを伝えてくれていた。思い返してみると、児童書でありながら大人たちの心持ちが深く描かれているのははやみね作品の特徴なのではと感じます。大人の弱さとかっこよさ、そういうものが物語の中核にあって、だからこそいつまでもはやみねチルドレンでいたいと思う。

粋であるとはどういうことか。これを子どもにもすっと伝えられるということに、物語ならではの力を感じます。30年間、ずっと子どもたちのほうを向いて執筆されてきたはやみね先生には頭が下がるばかりです。思春期もそっぽを向かずにその作品を手に取れたのは、虹北恭助の存在があったからかなと思っています。


出典

[1] amazon はやみねかおる「令夢の世界はスリップする 赤い夢へようこそ -前奏曲-」(2020)
https://www.amazon.co.jp/dp/4065202566/

[2] 講談社「はやみねかおる」シリーズ作品一覧
https://book-sp.kodansha.co.jp/hayamine/

[3] amazon 横関大「ピエロがいる街」(2017)
https://www.amazon.co.jp/dp/4062204819

[4] 講談社 現代ビジネス「教師から児童作家へ…大人気、はやみねかおるが語る「これからの未来」」(2020.7.20)
https://gendai.ismedia.jp/articles/72917

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