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アイロンヘッドと歌ネタ王

9月16日、MBS毎日放送による「歌ネタ王決定戦2020」。制したのはさや香、次点のきつねとは僅差の末の優勝だった。

コロナ禍の折の賞レース。事前に発表されていたファイナリストの全てが生放送の舞台に揃い、無事に出演を果たしたことにまず大きく安堵する。定石を踏んだ進行と各組の紹介VTR。ネタ中の華やかなライティングや煽りの多いカメラワークは歌ネタ王ならではの演出だ。2020年秋、赤と金を基調としたそのきらびやかな画面を見ながら、ああ賞レースだなあと感慨深く思った。


さんざん言い尽くされていることではあるが、お笑いとか音楽とか、そういったそれぞれの感性で受け止める性質のものを点数化し、順位づけすることにはやはり一定の困難な面があるように思われる。フィギュアスケートを応援していたときもそのように感じていた。自身の湧き立つ情動とは別に、得点が淡々と提示され、暫定的な順位が決まる。そのめまぐるしく変動する順位に一喜一憂する視聴スタイルは、私にはあまりなじまなかった。断っておきたいのは、当然のことながら私にはそれを審査するだけの力量はなく、なるべくしてその席に座っている審判団の採点に異論を唱える意思はまるでない。文化芸術的なるものの値踏みを行うことに関して抵抗を感じないわけではないが、その興行が競技性を含む以上何がしかの順位づけが必要で、大会の規模が上がるほど、定量的な値の明示が不可欠であることは理解する。

こうした議論をしたくなるのは概して、自身の受けた感動と、ジャッジの出したスコアに乖離があるときだ。ジャッジを批判したいのではない。人の感動がいかに曖昧で、その個人に属するものであるかということをここでは述べたい。

私がそれを経験したのは、やはりフィギュアスケートを見たときだった。さる国際大会を現地で観戦し、1組のペアの演技に魅了された。もっと正確にいうなら、直前の6分間練習の時点で既に見惚れていた。集中が客席まで伝わるほど、気迫みなぎる立ち姿。音楽やテーマと一体となって舞う表現者の顔ではなく、高みを目指して鍛錬を重ねてきたアスリートの伸びた背中。リンクをぐるっと取り囲む観衆のことなど目にもくれず、エッジの音が静かに響く氷上はまさにその2人だけのもので、どうしてだか涙が止まらなかった。まったくもって身勝手な感動だ。よもや演技そのものについての心境ですらないのだけれど、それでも突き動かされたその深い感情は誰のでもなく私のものだ。

そういう本筋とは離れたところでも、人は人を好きになれる。好きだなあ、いいなあという思いが高まるほど、その人のつくる世界はいっそう良く見える。「贔屓の人」という表現はこのバイアスの妙を最高にうまくとらえた言い回しだと思う。「ひいきする」と「ひいきにする」のニュアンスは全く異なるもので、後者が表す「目に止まったものを長く大事に見ていきたい心情」は決して忌むべきものではない。贔屓のものがあることは誰にとっても幸せなことだ。ただその心情が強くなってくるともう、採点競技をフラットな視点で見るのはおそらく難しい。

それぞれにつけられる点数も、与えられる栄誉も肩書きも、最終的には全てその表現者のものだ。私のようにただエンターテインメントを愛するのみの立場の者は、その輝かしい舞台で披露されるものを純粋に楽しめばいい。「記録よりも記憶に」とはよくいったもので、高スコアだからという理由では、人は人を好きにならない。基準などない曖昧な出発点であったとしても、自分の琴線にふれるものがあったなら、長くその後も見たいと思うものと出会ったなら、その感覚こそ最も大切にしてやりたいと思うところだ。

賞レースの見方はそれぞれだ。私はエンターテインメントとして楽しく接することを選ぶ。年に一度、皆が待ち焦がれる栄えある舞台。人の記憶の中で消えずに残る表現こそが、その先まで輝き続ける。



あとがき

歌ネタ王2020、無事に決勝が行われてよかったなあと本当にそれに尽きます。今回はParaviで配信があったので、かまいたちのウラ側リポートも含めてライブで見ました。いそいそ退勤してなんとか間に合いました、ギリギリだったー。

ネタの幅がものすごく広いのは歌ネタ王のおもしろいところかなと思います。印象に残っているのは「歌ネタ王2018」のアイロンヘッドとメンバー。終盤に向かうにつれて熱を帯びながら、目と耳の両方が気持ちいいのがずーっと続く、この幸せな感じは歌ネタならではだなあと思います。本当に大好き。

今年はアイロンヘッドに注目して見てました。2年ぶり3度目の出場。2018年ファーストステージのギターピックに続き、今回はハーモニカのハプニング。一夜明けてナポリさんと辻井さんがそのときのことをそれぞれSNSで振り返っていて、心臓を鷲掴みにされました。YouTubeとnote、手段こそ違いますが、お二人のお人柄が言葉の端々から垣間見えて刺さりました。ハプニングも含めてすごく熱いのがアイロンヘッドの歌ネタ王だなあと、Paraviの動画を何度も見てます。2020もやっぱり好きです。


出典

[1] MBS毎日放送 歌ネタ王決定戦 (公式Webサイト)
https://www.mbs.jp/utaneta/

[2] Paravi「歌ネタ王決定戦2020 ~2016王者かまいたちがウラもオモテも全てみせます!~」
https://www.paravi.jp/title/60589

[3] Paravi「歌ネタ王決定戦2018」
https://www.paravi.jp/title/60585

[4] note アイロンヘッド辻井「歌ネタ王を終えて」(2020.9.17)
https://note.com/aironhed_tsujii/n/n0a38935bcc3c

[5] YouTube 「ナポリ ガム等について30分考える」(2020.9.17)
https://www.youtube.com/watch?v=Xb6YEfOeY68


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