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パプリカと今敏

今敏(こんさとし)監督作品、「パプリカ」。結果的に氏の遺作となってしまったこのアニメーション映画は、2006年に公開されて以来、記憶に留まり続ける作品だ。最近意外なところで話題にのぼっているのを見かけ、とても感慨深く感じた。2010年8月、あまりに早すぎる逝去の報に接したときの喪失感。あれからもう10年が経つのだなあと、しみじみ感じ入る。

精神医療研究所が開発した、他人の夢を共有できる画期的テクノロジー”DCミニ”が盗まれた。それを機に研究員たちは次々に奇怪な夢を見るようになり、精神を冒されていく。謎の解明に挑む美人セラピスト千葉敦子は、極秘のセラピーを行うため、性格も容姿もまったく別人の夢探偵パプリカに姿を変え、クライアントの夢の中へと入り込む。しかし、狂ったイメージに汚染された夢の中では、おぞましい罠がパプリカを待ち受けていた…。
「パプリカ」(2006)

「パプリカ」は夢を題材にした作品である。アニメーションならではの表現技法で、何だってできる空想の世界の情景を余すことなく描く。夢と現実の曖昧な境界域を主人公・パプリカは縦横無尽に翔び回り、その自由な跳躍に私たちは憧れる。

しかし作品内で見せられるのは明るく楽しい夢だけではない。紹介文の中にもあるように、おぞましい展開もあり、仄暗さが随所に漂う。得体の知れない世界をのぞき込む恐怖心を感じながらも、もう少し先へ先へと見進めていくうちに、いつしかパプリカ嬢に魅せられ、登場人物たちと同じように彼女に惚れ込んでいく。魅惑的なものに誘われるまま、知らない世界のさらに先を求めてしまう危うさ。パプリカが私たちを運ぶのは、そういう大人の夢の世界だ。

平沢進が手がける音楽と、映像との調和。特に作中、主題歌「白虎野の娘」が流れる瞬間の爽快感はこれからも何度だって味わいたい。パプリカは次々と姿かたちを変え、私たちを挑発する。開始47分、万能感あふれる彼女に「私はだーれ?」と見つめられたら、誰だって目を細めるだろう。


オープニング、夜の街を自由に駆ける彼女にピーター・パンの姿を想った。ただし彼が現れるのは夜のロンドンの子ども部屋だ。一緒に空を飛ぶならどちらが良いか。子ども部屋を卒業したウェンディの元にも来てくれるのがパプリカかもしれない。


あとがき

たとえ面識がなくとも、著名人の訃報に接すると何ともいえない気持ちになります。その人をどれだけ知っていたわけでもないのに、それでもどこかにぽっかりとした穴があく。

病によってこの世を去った今監督は、残された時間でエッセイをしたためておられました。「ラスト・エッセイ さようなら」。今でも拝読することができます。[2]

人の亡くなり方はそれぞれですが、こんなふうに広く世界にメッセージを残して逝かれるような旅立ちは、今よりさらに若かった私には衝撃が大きくて、夏のこの時期になると、目頭を熱くした10年前のあの日のことを思い出します。その才能を惜しむ声が、未完の作品を待ちわびる声がインターネットにあふれていた。その一つひとつの声に応えるように公開された今監督のラスト・エッセイは、残された若い者たちに人の生き死にを教え諭しているかのようで、死してなお、人は表現者であることができるのだなと、私たちはメッセージを受け取ることができるのだなと、とりとめもなく思いました。そんな壮大な生き方を前にして、出てくることばはとても見つからないのだけど、雨粒が落ちていくようにぼたぼたと、気持ちが滴と化してにじんでいく。本当にすごい生き方だなあと、頭が下がるばかりです。


出典

[1] U-NEXT「パプリカ」(2006,日本)
https://video.unext.jp/title/SID0013325

[2]今敏 オフィシャルサイト KON'S TONE
http://konstone.s-kon.net/


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