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YOASOBIと西野亮廣

YOASOBIサウンドは、中古のノートパソコン1台から始まった

YOASOBIのコンポーザーAyaseが手がけたストリーミング再生2億回の「夜に駆ける」の楽曲は、ワンルームの部屋で生み出された。十分な音楽機材があったわけではない。2018年、作曲のために最初に買った機材は、2009年モデルの中古のノートパソコン1台。

Ayaseが初めて作詞・作曲した「先天性アサルトガール」は、2018年12月に投稿された。

「いったんつくってみようでつくった。でも、音質がほかのボカロPの人たちよりも、圧倒的に悪いとわかっていた。技術としてDTM(デスクトップミュージック)がなにかを学んでから、(動画を)あげようかと悩んでいた」

そんなときに、妹に「とりあえず1回あげてみよう」「あげて悩んでも、あげずに悩んでも、どちらも同じじゃない」と言われ、動画投稿サイトへ投稿。評判を呼び、その後も楽曲をあげつづけ、2019年4月に投稿した楽曲「ラストリゾート」がレコード会社のプロデューサーの目にとまり、ボーカリストikuraとのユニット、YOASOBIが生まれた。

2019年12月に「夜を駆ける」を配信リリース。するとSNSで口コミに火がつき、テレビなどメディア露出につながり……そこからは、最近よく耳にするサクセスストーリー。

音楽を始めるのに、十分な機材や場所など必要はない。中古パソコン1台でつくった楽曲をネットで発表し、SNSで評判を呼べば、大成功のチャンスが訪れるかもしれない。これはミュージシャンだけの話ではない。YouTuber、アーティスト、漫画家・作家、あらゆるクリエイターにいえる。

「SNSでフォロワーを増やすのが近道」は本当か?

YOASOBIのようなサクセスストーリーに触発されて、投稿サイトへ作品を発表している人もたくさんいると思う。でも「誰もわたしの作品を見てくれない……」と嘆く人もまた、たくさんいるだろう。きっと、あなたは1つだけ勘違いをしている。

SNSで評判を呼び、口コミに火がつき──これは半分は合っているが、半分は間違っている。SNSで評判を呼ぶためには、ひと工夫が必要だ。

「SNSでの発信方法なら、インフルエンサーの書いたブログや本で学んだよ」「応援してもらうために、自分の見せ方やストーリー、セルフプロデュースが大事なんでしょ」そう思っているなら、この文章を最後まで読んだほうがいい。

私たちは、SNSでフォロワーを増やすことがいちばんの近道と信じ込み、本来の目的である「表現」をねじ曲げていないか? 誹謗中傷のたえないSNSでうまくやるため、炎上を恐れて、ほんとうに自分の発信したい「表現」を変えてしまってはいないか?

クリエイターのみなさんが知っておいたほうがいい「力学」が1つある。

今、すぐれたコンテンツを拾い上げる仕組みは、プロデューサーや編集者などプロフェッショナルや、SNSの群衆の知恵(ウィズダム・オブ・クラウド)に限らない。人ではなく、機械によるレコメンデーションだ。

ノートパソコン1台でつくった曲が2億回再生された理由

物事はゼロイチがいちばんむずかしい。YOASOBIの「夜を駆ける」は、本当に何もないところから、2億回のストリーミング再生を生み出したのだろうか?

当事者であるソニーミュージック・エンタテインメントの担当者は、インタビューで次のように述べる。

「僕らが『これは!?』と思い始めたきっかけは、YouTubeの再生回数でした。1週間で20万回再生を目標にしていたら、そのラインを超えた。次は1ヶ月で100万回を目指そうと言っていたら、その目標もクリアした。」

「去年に『ラストリゾート』が評判になってAyaseのチャンネル登録者数が一気に上がったタイミングがあったんです。1000人を超えてからどんどん増えて、すぐに1万人を超えた。そうするとYouTubeのアルゴリズム上「おすすめ」に出やすくなる。それが「夜に駆ける」の1ヶ月前くらいに起こっていたので、初動が底上げされていた。それは大きかったです。」

YouTubeには、新しく投稿された動画がユーザーの満足がいく内容かどうか、データに基づくスクリーニングを行う仕組みがある。動画の平均視聴維持率やポジティブなコメント・高評価の数に応じて、点数がよければ一定のユーザーの「関連動画」に表示し、クリックされるかどうか、どれぐらいの時間で見るかなどを試す。さらに点数がよければユーザーの母数が増え、新たに試す人数が100人、1,000人、1万人になり……。

YouTubeはこうしたプロセスを繰り返すため、新人クリエイターの作品であっても、ユーザーの満足度が高い動画であれば、良質なコンテンツとして発掘される。これがYouTubeがクリエイターを発掘するための「力学(アルゴリズム)」だ。うまく作品が発掘されれば、SNSによりさらに評判が増幅し、大ヒットになるケースが出てくる。

1万人のフォロワーよりも、1人のファン

動画を見るのも、高評価のボタンを押すのも、やはりSNSと同じように「人」であることには変わらない。では、何が違うのか?

SNSのフォロワーを増やすには、自分語りやストーリーテリング、共感を呼ぶちょっといい話が欠かせない。だが、動画がよく見られて高評価を得るためには、クリエイターとしていい作品をつくればいい。SNSのフォロワーの数ではなく、作品で勝負できる。クリエイターにとっては大きなチャンスだ。

では、クリエイターの戦略はどう変わるのか?

1万人のあなたのフォローを増やす努力ではなく、1人でも多く作品のファンを増やす努力をする。

ファンは、新しい作品が出れば誰よりもはやく見て・聞いて・読んで、感想のコメントを寄せ、いいねを押してくれる。そのゼロイチが、次の新たなユーザーを呼び込み、新たな作品との出会いを生む。つまり、あなたのまわりにいる数人、数十人の感情を揺さぶる作品づくりを心がけることが、いちばんの戦略になるのだ。

だが、クリエイター自身に熱心なファンがいることが、そのまま作品の成功につながるとも言い切れない。そう思った出来事がある。「映画 えんとつ町のプペル」をめぐるネットでの賛否両論だ。

西野亮廣というリアリティショーへの温度差

キングコングの西野亮廣は、熱心なファンが集う月額1,000円のオンラインサロンを運営し、会員7万人を抱える。ツイッターも32万人とフォロワーがたくさんいるが、熱心なファンが占める割合がダントツに多い。

そんな西野の絵本を原作にした「映画 えんとつ町のプペル」が2020年12月に公開された。誰よりもファンを抱える彼のプロデュースなのだから、いい口コミがSNSで広がって新しいファンを呼び込むはずだ──ざんねんながら、実際は筋書きどおりになっていない。

SNSやレビューでは称賛と悪評が入りまじる。「ファン vs. アンチの対立」と煽るネットメディアもある。「映画 えんとつ町のプペル」という作品の良し悪しではなく、「ディズニーを倒す」と意気込んで一世一代の勝負に出る、西野亮廣というキャラクターの物語に巻き込まれてしまった。

問題はどこにあるのか?

「ファンを増やす」という結果において、YOASOBIと西野に大きな違いはない。だが、ファンを増やすプロセスにおいて、作品で勝負できたYOASOBIと、キャラクターとしてリアリティショーで勝負してきた西野との間に、差が生まれた。

YouTubeならば、どれぐらい長く視聴され、好意的なコメントや高評価が押されているかにより、機械的なレコメンデーションが機能する。作品の評価の分だけファンが広がり、無理のない再生回数の増加のカーブを描く。

映画を広めるのは、メディアと人だ。作品には上映期間の限りがあり、観客動員数が伸びない作品はしずかに公開を終えることになる。ゆえに、最初に大きな花火を打ち上げなければ、次がない。

ならばとファンは応援のため、過剰に口コミやレビューをすることになり、目に見える形でファン以外の人との温度差が生まれてしまう。結果として、そこから生じる違和感の矛先は、見たこともない作品ではなく、キャラクターをよく知るクリエイターへ向かうことになる。

「えんとつ町のプペル」がYouTubeに公開されたアニメだったなら、どのような結果になっただろうか。

あなたの作品が発掘されるデジタルプラットフォームは?

今、クリエイターの才能を発掘する環境は大きく変わりつつある。

クリエイターの誰もが上手にSNSで発信できるわけではない。インフルエンサーの誰もがクリエイターの才能があるわけではない。

機械的に作品をふるいにかけるYouTubeの仕組みにより、クリエイターはSNSに費やす時間を減らし、つくることに集中できるようになった(はずだ)。SNSに向いていないクリエイターが「まずはフォロワーを増やそう」と頑張って発信するなど、無理をする必要もなくなる(はずだ)。

ただし、良質なコンテンツを発掘する「力学」は、あなたの作品を好きな人がいるだけのユーザーの母数があり、さらにマッチングの精度を上げる行動履歴(トラッキングデータ)が集まっていなければ、機能しない。そもそもクリエイターとユーザーの母数が少ないジャンルでは、プロデューサーや編集者など「人」のプロフェッショナルのほうが今でも機能しやすい。

ユーザーの行動履歴に基づき、人だけではなく機械によるマッチングの力学がはたらくサービスをデジタルプラットフォームと呼ぶ。

YouTubeは、ここ数年で明らかに新人クリエイターの作品を発掘する仕組みが機能しているデジタルプラットフォームの1つだ。腕に覚えがあるクリエイターは、今こそYouTubeへの作品の投稿で勝負してはどうだろうか。

音楽ならば、瑛人「香水」をヒットに導いたTikTokもあるが、マンガはどこに投稿すればいいのか? 小説は? エッセイは?

どこで作品を発信したらいいかで悩むより、Ayaseのように発信してから考えたほうがいい。発信してみれば、そこがあなたの作品を新しいファンとマッチングしてくれるデジタルプラットフォームかどうかは、きっとすぐにわかる。もしSNSのフォロワーしか見て・聞いてなく、新しいファンとの出会いがなければ偽物だ。投稿先を間違えないように気をつけてほしい。

さて、私はこのエッセイをnoteに投稿してみる。はたして……。

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参考:
NHK「ヒャダ×体育のワンルーム☆ミュージック(ゲスト:YOASOBI)」(2021年1月3日 放送)
現代ビジネス「2020年最大のヒット「YOASOBI」が“異例の大ブレイク”を果たすまで(柴 那典)」(2020年12月10日 掲載)
パジちゃんねる「ゼロから始めるYouTuber、動画がバズる仕組みを攻略(仮説『ジュース理論』)」(2020年5月22日 掲載)
ヤフーニュース「瑛人「香水」はなぜ異例のヒットとなったのか? その成功が持つインパクトとは(柴 那典)」(2020年6月29日 掲載)
Voicy「それでもメディアは面白い - 赤メガネとコムギ(#62 アマゾン・楽天に勝てる「ネット通販」を考えてみよう会議)」(2021年1月8日 放送)