【詩】オレンジ

カトマンズは
香辛料の匂いがする
ほつれていく コイン握る左の手 
穂、連れていくよ
まだ実らないままで

少年が素足で蹴るものは、生活。
1本のアスファルトは
未成熟な僕たち人間の
待ち合わせ場所だ

できそこないの果実を
自転車に
めいっぱいに載せて売る
老人

オレンジを 
ひとつ 買って
皮を剥く

かたい かたい 
とっても かたい
その表皮の奥の 果肉は 
まるごと
真実だ

それを
人間の僕は、
10ルピーで買って
いまから
いただきます

万年渋滞の大通り
無数のドライバーが
新しい時代に向かって
クラクションを
鳴らし続けている
そんな街で
ひとつのオレンジを
いただきます
    
陽射しだけが
砂埃のなかで 夥しい今になって
酸素が唄って、唄い呆けて
       (おかえり と母は言うだろう)
      (ただいま と僕は言うだろうか)
     呼吸を追い越せないままで
    徒歩…オト…徒歩…オト…
  都を、追う戸  戸を、問う音
ふと、ミネラルウォーターの夢
   そこに、風。
       靡く、
         二千年前の
             洗濯物の
                  パレード

いただきます
    オレンジ
      ひとつの(無限の)
  無限の(ひとつの)
いただきます
    オレンジ
     無限の(ひとつの)
       ひとつの(無限の)
     いただきます
    オレンジ
  無限の(ひとつの)
ひとつの(たった、ひとつの)
オレンジ

ちきしょう


※『現代詩手帖』2021年2月号 投稿欄 選外佳作(一部改変) 

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