6 局所共形ケーラー多様体の定義と例

今回は序文で述べた局所共形ケーラー多様体について解説したいと思う。局所共形ケーラー多様体とは、局所的にケーラー計量に共形なエルミート計量の入るコンパクト複素多様体である。コンパクトケーラー多様体は、自明に局所共形ケーラー多様体であるので、とりわけ非ケーラーな局所共形ケーラー多様体を考えることに意義がある。ここで、局所共形ケーラー多様体の正確な定義を述べよう。局所的にケーラー計量に共形なエルミート計量というのは、次のように表現できる。

定義6-1

$$
d \omega = \theta \wedge \omega,\\
d \theta = 0.
$$

この定義のLee形式$${\theta}$$は、閉実1-形式である。$${\omega}$$は正値の$${(1,1)}$$形式、つまりエルミート計量である。Lee形式が完全形式の場合、考えている局所共形ケーラー多様体は、大域的にケーラー多様体と共形になることは見やすいであろう。つまりコンパクトケーラー多様体である。したがって、非ケーラー多様体として研究課題に挙がるのは、Lee形式が自明でない場合となる。

非ケーラーの局所共形ケーラー多様体は、コンパクトケーラー多様体とどの程度似ているのかというと、実はそんなには似ていない。読者はどういった多様体が局所共形ケーラー多様体の例になっているのかご存じだろうか。よく知られている例は、古典的ホップ多様体である。古典的ホップ多様体が局所共形ケーラー多様体の例となっていることは、古典的ホップ多様体に入るエルミート計量を考えればわかる。より一般に、対角型ホップ多様体の普遍被覆空間は$${\mathbb{C}^n \setminus \{0\}}$$であり、
対角型ホップ多様体は、$${\mathbb{C}^n \setminus 0/\langle A\rangle,A=diag(\alpha_i), |\alpha_i| \neq 1, 0}$$と定義されるが、$${\mathbb{C}^n \setminus 0}$$上にケーラーポテンシャルを$${\phi(z_1, \cdots , z_n) = \sum|z_i|^{\beta_i}, \beta_i = log_{|\alpha_i|^{-1}}C, C > 1}$$と定義すれば、対角型ホップ多様体に局所共形ケーラー構造が入ることがわかるであろう。ここでは対角型ホップ多様体の例を考えたが、非対角型ホップ多様体にも局所共形ケーラー構造が入ることが知られている。

考えているコンパクト複素多様体が局所共形ケーラー多様体であるためには、単に普遍被覆空間がケーラー多様体であればいいのではなく、局所共形ケーラー構造の定義からわかるように、普遍被覆空間にしかるべき規則性をもったケーラー計量が入らないといけない。こういった、局所共形ケーラー構造を与える被覆をケーラー被覆と言ったりする。局所共形ケーラー多様体の普遍被覆空間はコンパクトにはなり得ないことは明らかである。局所共形ケーラー多様体は、Lee形式を自明とするような被覆写像を取ることができるのであるが、そのことから考えて、非ケーラーの局所共形ケーラー多様体は、強くトポロジーの縛りを受ける。したがって、局所共形ケーラーと言っても、ケーラー多様体のアナロジー的な性質はあまりないと思われる。例えば、コンパクトケーラー多様体で二次のベッチ数が0となるものが存在しないのに対して、局所共形ケーラーのホップ多様体は二次のベッチ数が0となる。またコンパクトケーラー多様体のケーラー性は複素構造の微小変形で安定であるが、局所共形ケーラー多様体は安定ではない。これは例示するまでもなく、局所共形ケーラー構造の定義からイメージしやすいであろう。コンパクトケーラー多様体のブローアップはケーラーであるが、局所共形ケーラー多様体のブローアップは一般に局所共形ケーラー構造を持たない。これも定義から何となく想像できるであろうか。ちなみに、一点ブローアップでは局所共形ケーラー構造は壊れない。

 このようにいろいろと違いがあるのだが、次の予想は未解決である。

 予想6-2
局所共形シンプレクティック多様体で、局所共形ケーラー多様体とならないコンパクト複素多様体が存在するであろう。

 言葉の意味は明らかだと思う。類似の事柄であるが、つまり、シンプレクティック多様体であるが、非ケーラーとなるコンパクト複素多様体が存在する。これは、小平サーストン多様体と呼ばれていて、冪零多様体の一種である。もともとサーストンが複素二次元で構成したのであるが、今では、高次元の非ケーラーコンパクト複素多様体で、シンプレクティック多様体となるものが多く見つかっている。予想3-2は、このことの局所共形ケーラー多様体版の予想である。おそらく予想3-2は肯定的なのであろう。

 局所共形ケーラー多様体の例について、さらに述べてみよう。古典的ホップ多様体の部分多様体は、局所共形ケーラー多様体の例を与えることは見やすいであろう。古典的ホップ多様体は複素射影空間上の楕円曲線束であるので、たくさんの部分多様体が存在する。複素射影空間に埋め込まれたカラビヤウ多様体の楕円曲線束への引き戻しは、標準束が自明となる局所共形ケーラー多様体の例であるが、なにか物理的に面白い性質につながってないのであろうか。何も研究されてないと思われる。

また、複素曲面においても非ケーラーの局所共形ケーラー多様体の例は存在する。複素曲面には分類理論があるので、局所共形ケーラー曲面に関しては、高次元と比べて、系統だった研究がなされている。次の定理がBelgunによって証明された。

 定理6-3
オイラー標数が0で、一次のベッチ数が奇数となる極小な複素曲面が局所共形ケーラー計量を持つものは、楕円曲面、ホップ曲面、井上曲面$${S_m,S^{-}_{n:p,q,r}, ,S^{+}_{n:p,q,r:u}, u \in \mathbb{R}}$$のみである。

 上記の井上曲面の定義に関しては、あまり知られてないかもしれないので、ここでは井上曲面$${S_m}$$の定義を与えよう。ほかの井上曲面の定義に関しては、格子の定義がやや複雑になるので、興味のある読者は調べてもらいたい。

 定義6-4($${S_m}$$の定義)

$${m = (m_{ij}) \in SL(3, \mathbb{Z})}$$は三つの異なる固有値$${\alpha > 1}$$、$${\beta \neq \bar{\beta} \in \mathbb{C}}$$を持つとする。$${(a_1, a_2, a_3) \in \mathbb{R}^3}$$、$${(b_1, b_2, b_3) \in \mathbb{C}^3}$$を$${\alpha}$$、$${\beta}$$に対応する固有ベクトルとする。$${G_m}$$を

$$
g_0 : (w, z) \rightarrow (\alpha w, \beta z),\\
g_i : (w, z) \rightarrow (w + a_i, z + b_i), \forall i = 1, 2, 3
$$

と定義する。ここで$${S_m = G_m \backslash \mathbb{H} \times \mathbb{C}}$$と書き、井上曲面と呼ぶ。

 余談であるが、これらの井上曲面には部分多様体、すなわち曲線は存在しないことが知られている。二次のベッチ数は0である。局所共形ケーラー多様体の例としてだけではなく、それ自体、興味深い複素曲面と思われる。

すべての井上曲面に局所共形ケーラーの構造が入るわけではないことが知られている。曲線を持たない井上曲面は、可解多様体であり、リー群である可解群を格子で割った多様体として考えることができる。したがって、左不変な微分形式で考えることができて、局所共形ケーラー構造が入るかどうか、手で計算して調べることができる。定理6-3の井上曲面を微小変形することにより、局所共形ケーラー構造の入り得ない井上曲面が得られる。この例により、局所共形ケーラー多様体は複素構造微小変形で安定ではないことが示された。

 定理6-3で得られる局所共形ケーラー曲面の一次のベッチ数は奇数であるが、これが偶数になる場合、Siuの定理によりケーラー曲面となるので、すべての非自明な局所共形ケーラー曲面の一次のベッチ数は奇数である。これが高次元でも言えるのかどうか、より正確には、コンパクトケーラー多様体の奇数次のベッチ数はすべて偶数なので、非ケーラーの局所共形ケーラー多様体の場合は、少なくとも一つの奇数次のベッチ数が奇数になるのかどうか問題になったようであるが、井上曲面の高次元のアナロジーを考えることにより、否定的に解決された。この多様体には名前がついていて、発見者の名にちなんで、Oeljeklaus-Toma多様体と言われる(以下OT多様体という)。OT多様体の構成は、やや数論的な概念を使い、筆者には簡単に説明する能力がないので、興味のある読者は調べてもらいたい。簡単に言うと、$${\mathbb{H}^{s} \times \mathbb{C}^{t}}$$を適切な格子で割った空間である。OT多様体は可解多様体であることが知られている。いろいろとパラメータがあるので、単にOT多様体と言っても、多くの異なるOT多様体が存在する。なお、OT多様体が井上曲面の高次元への一般化と述べたが、$${s=1,t=1}$$の時は、OT多様体は井上曲面$${S_m}$$であるが、その他の井上曲面、例えば二次のベッチ数が正となる井上曲面もOT多様体として表現できるのかどうかよくわからない。双曲型井上曲面はOT多様体として高次元に一般化できそうであるが、放物型井上曲面はOT多様体として高次元に一般化できなさそうに思われる。放物型井上曲面の高次元への一般化というのが存在するのかどうか、筆者にはよく分からない。要するに、すべての井上曲面に高次元バージョンがあるのか否か、興味のある読者は調べる、というより、考えてもらいたい。ひょっとしたら論文になるのかもしれない。

 次に、あまり研究されていないと思われる多様体の例を述べよう。対角型のホップ多様体のトポロジーは$${S^{1} \times S^{2n-1}}$$であるが、高次元の球面にはエキゾチックな構造をもつものがあるので、ホップ多様体と位相同型ではあるが、微分同相にはなり得ないトポロジーを持つ多様体が存在する。こういった多様体にはどういった場合に複素構造が入るのか、ミルナーのエキゾチック球面が構成されてすぐに研究課題になったようである。ここでは、筆者の知っている次の定理を紹介しよう。

 定理6-7
parallelisable多様体の境界となるホモトピー球面と$${S^1}$$の直積には、複素構造が入る。これを一般化ホップ多様体と呼ぶ。

parallelisable多様体とは、接ベクトル束が自明となる多様体のことを言う。定理6-7の仮定を満たすホモトピー球面は多く存在するようである。定理6-7におけるホモトピー球面は具体的に式で書くことができて、

$$
a = (a_0, \cdots, a_n) \in \mathbb{Z}^{n+1}_{>0},\\
X(a) = \{\sum^{n}_{i=0} z^{a_i}_{i}=0\},\\
\Sigma(a) = X(a) \cap S^{2n+1}.
$$

 ここで$${\Sigma(a)}$$が、エキゾチックな球面、つまりホモトピー球面を表現する。この定式化を元に、一般化ホップ多様体を定義していこう。まず、$${X(a) – 0}$$への作用を次のように定義する。

$$
t(z_0, \cdots, z_n) = (e^{t/a_0}z_0, \cdots, e^{t/a_n}z_n), t \in \mathbb{C}, |t| \neq 1,0.
$$

 古典的ホップ多様体と同様に、

$$
H(a) = X(a)-0/\mathbb{Z},
$$

 と定義すると、$${H(a)}$$は$${S^1 \times S^{2n-1}}$$と位相同型であるが、ミルナーの定理により、微分同相にはならないものが多く存在する。しかも、その上には、定理6-7の仮定を満たせば、複素構造も存在するのである。対角型ホップ多様体は、複素射影空間上の楕円曲線束である。これはザイフェルトファイバー多様体と言ったりするそうであるが、一般化ホップ多様体は、通常はファイバー束にはならず、ファイバー空間となる。つまりザイフェルトファイバー空間である。底空間は、特異点を持つ射影的な解析空間である。底空間が複素射影空間となる場合、一般化ホップ多様体は、ただのホップ多様体なのかどうか、筆者にはよくわからないが、その場合は、局所共形ケーラー構造が入りそうである。しかし、任意の一般化ホップ多様体に局所共形ケーラー構造が入るのかどうかは知られてないように思われる。専門家の間では、知られているのかもしれないが、論文にはなっていない。興味のある読者に研究してもらいたいものである。

また、局所共形ケーラー幾何ではなく、一般化ホップ多様体がホップ多様体とどの程度異なっているのか、ほぼ研究はないように思われる。一般化ホップ多様体は明らかに非ケーラー多様体である。ドルボーコホモロジーの計算例も筆者は聞いたことがない。その辺の研究成果も知りたいところである。挑戦してくれる読者はいないものだろうか。

 今回は局所共形ケーラー多様体の定義と例を述べて、あまり予備知識の必要のない研究課題についても触れてみた。局所共形ケーラー多様体を例示する一般的な方法は知られていない。一般に局所共形ケーラー構造が入るのかどうかは、具体的にエルミート計量を書き下せない場合、知るのが難しい。対角型ホップ多様体には、局所共形ケーラー構造を明示的に式で書き下せるが、その他のホップ多様体の場合には、局所共形ケーラー構造は今のところ式で書くことができず、存在が知られているだけである。したがって、局所共形ケーラー多様体を例示するというだけで、研究課題になるのである。それが今回、述べたかったことである。

 次回以降、局所共形ケーラー多様体の中でもとりわけ重要なVaismann多様体を紹介したいと思う。

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