12 ツイスター理論とペンローズ変換について

先回まで、ツイスター空間論についていくらか述べてきた。ツイスター空間論は、もちろん、その母体はツイスター理論である。ツイスター理論は、ロジャー・ペンローズにより提唱された理論であることをご存じの方も多いであろう。ツイスター理論は、物理理論であるが、物理理論としてはほぼ成功はしてない。場の方程式の幾何学的解釈を与えたのであるが、その考え方は数学に大きな影響を与えたが、物理的には何も新しいことは言えなかったようである。物理的な成功とは、理論から何か新しい事柄が予言され、それが実験で確かめられるということであるが、そういった成功は、ツイスター理論においては、皆無のようである。ただ、ツイスター理論は失敗した理論でもないと思われる。ツイスター理論の考え方は、場と幾何学の関係性に関して、数学に大きな影響を与えた。私は、その影響に感銘を受けて、今、ツイスター空間論について、勉強しもって、このブログを書いている。今回は、数学者を大いに刺激した、題名にもある、ペンローズ変換について述べたいと思う。

 ツイスター空間において、本質的にもっとも重要なのは、ツイスター空間上の有理曲線の存在である。ツイスター空間上には、多くの有理曲線が存在する。でたらめに存在するのではなく、有理曲線は、パラメトライズされて存在するのである。そのパラメータ空間が、考えている物理空間である自己双対4次元多様体なのである。ペンローズ変換とは、簡単に言うと、場の方程式の解に対する、コホモロジー的な解釈の変更である。物理空間の場とは、通常は微分方程式の解として定まるが、ツイスター理論では、場とは、対応する複素多様体であるツイスター空間のコホモロジーとして表現できるのである。

 ペンローズ変換について述べる前に、ツイスター空間について少し思い出しておこう。物理空間は4次元のリーマン多様体$${X}$$とする。コンパクト性は仮定しない。2次元においては、共形構造を与えることと、複素構造を与えることは同値である。しかし、4次元以上では、共形構造を与えても、複素構造は一意的には定まらない。4次元の特殊性から、$${X}$$のある点における接空間のベクトルは、適切なスピノールのテンソル積で書くことができる。スピノールの存在は、その点の近傍に、複素構造を定める。そして、ツイスター方程式の解となるツイスタースピノールは、考えている物理空間$${X}$$が自己双対その時に限り、スピノール空間により定まる射影スピノール束$${Z}$$に複素構造を定める。この$${Z}$$をツイスター空間と言うのであった。

 ツイスター作用素は共形共変な一階線形微分作用素である。ディラック作用素の一種と思ってもらってもいい。

 共形共変な一階線形微分作用素というのは、一般に、リー環の元を使って代数的に解釈することができる。$${n}$$次の共形変換群を$${CE(n)}$$と書こう。$${E}$$を$${CO(n)}$$の表現により得られる$${X}$$上のベクトル束とする。微分作用素の解は、ベクトル束$${E}$$の断面と考えることができる。今は、一階の微分作用素を考えたいので、その断面は、一次のジェット束$${J_1(E)}$$の断面を構成する。$${J_1(E)_x}$$はベクトル空間であり、$${CE(n)}$$の作用による不変部分空間$${R_x}$$は、一階の共形共変な微分作用素を特徴づける。これらの一般論は、Feganという人の論文を参考にしてもらいたい。

 $${X}$$を4次元と仮定する。ツイスター作用素、ディラック作用素を定義しよう。$${X}$$上には、局所的に定義されたスピノール束$${P}$$は、$${X}$$上の二つの複素2次元の部分束の直和$${S_- \oplus S_+}$$に分解される。ここで4次元という仮定を使った。細かな記号の約束は調べてもらいたい。$${X}$$の接束は$${T_{\mathbb{C}}X = S_- \otimes S_+}$$と書くことができる。これらの記号を使って、レヴィチビタ接続$${\nabla}$$は次のように書くことができる。

$$
\nabla : \Gamma(S_-^{m}) \rightarrow \Gamma(S_+^{m} \otimes S_+ \otimes S_-) = \Gamma(S_+^{m+1} \otimes S_+) \oplus \Gamma(S_+^{m-1} \otimes S_+).
$$

 ツイスター作用素は、上式の一番目の項への射影、ディラック作用素は、二番目の項への射影として定義される。

 以下、考えている物理空間$${X}$$は、スピンであると仮定する(ヒッチンの論文では、以下の議論において、$${X}$$がスピンであるとは明示的に仮定していないのであるが、筆者には、その場合、どのようにしてディラックスピノールとか大域的に考えることができるのか不明であったため、ここでは$${X}$$がスピンであると仮定した。ひょっとしたら不要な仮定かもしれないので、注意してもらいたい)。ツイスター空間は、$${X}$$上の、有理曲線$${P^1}$$をファイバーとするファイバー束である。したがって、ツイスター空間上には、超平面束$${H}$$が定まり、ツイスタースピノールにより定義されるツイスター関数は、大域的には、$${H}$$の正則断面$${s}$$となる。この断面はツイスター関数により定まるので、変換$${Ts(x) \in H^0(P(S_-^*)_x, \mathcal{O}(1)) \cong (S _-)_x}$$が、ツイスター方程式の解を対応させることにより定まる。この$${T}$$をペンローズ変換と呼ぶ。

このように書くと、ツイスター空間は、場の方程式の解空間をツイスター空間のコホモロジーを使って記述できるのではないかと推察できるであろう。実際、イーストウッド、その他、このブログの参考にしているヒッチンにより考察され、ツイスター理論は、場の理論を記述するうえで有効であることが示された。以下、ヒッチンの結果を述べる。

 話は前後するが、ツイスター空間は、二次元の複素ベクトル束$${S_-^{*}}$$を射影化して得られる射影スピノール束なので、その上には、canonicalに正則線束$${\mathcal{O}(-1)}$$が定まる。この正則線束を$${H}$$と書いた。$${H}$$の主束は$${S_-^{*} \backslash 0}$$であることに注意する。ヒッチンの議論を定理として書くと、次のようになる。

 定理12-1

$$
H^0(Z, \mathcal{O}(m)) \cong Ker \bar{D_m}, m \ge 0.
$$

 上記では、$${H}$$の正則断面にツイスター方程式の解を対応させたが、セールの双対定理により、ペンローズ変換は次のように書くこともできる。

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(-m-2)) \rightarrow \Gamma(S_-^{m}).
$$

 ここでのセールの双対定理における双対性は、ツイスター関数の積分により与えられる。セールの双対定理は数学の定理であるが、それが物理学でいうところの、ディラックスピノールと関係するのは、偶然なのか何なのかはよくわからない。

 定理12-2
$${X}$$を4次元の自己双対多様体、$${E}$$を自己双対接続をもつ$${X}$$上のベクトル束としよう。そのとき、ペンローズ変換

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(F(-m-2)) \rightarrow \Gamma(S_-^{m} \otimes E)
$$

 は、ディラック方程式の解空間の同型を与える。

 ここで、$${F}$$は$${E}$$の引き戻しによる定まる、正則ベクトル束である。$${F}$$が複素構造を持つことは、アティアたちの結果である。ここではこれを事実として認めることにする。

定理12-2の証明は長いのであるが、ヒッチンによる個人プレーではなく、ツイスター空間論の研究の大きな流れの中、最終的にヒッチンがコンパクト性を仮定することもなく一般的な形で証明した感じである。なので、その証明の方法論は、それ以前の論文を大いに参考にしていると思われる。

 定理12-2は数学の定理の形で書かれている。いくらか前提条件のついた定理であるが、先にも述べたが、この定理が成り立つことは単なる偶然なのだろうか。それとも空間の由来にまで遡る、根源的な理由があるのであろうか。筆者にはまだはっきりとわからないが、ツイスター理論は空間の形而上学にかかわると信じている。ヒッチンの論文を参考に、こういったことを追求してもらいたい。

 定理12-2の証明は長く、ここで細かく述べることはできないので、ペンローズ変換の像がディラック方程式の解空間になっていることを、要点をかいつまんで述べる。そこにツイスター空間論の本質があるように思われる。ペンローズ変換のディラック方程式の解空間への一意性と全射性の議論はそれほど非自明ではないと思われるので、ここでは触れない。興味をもった読者は、ヒッチンの原論文にあたってもらいたい。

 ツイスター空間上には、ツイスター直線と呼ばれる有理曲線がある。この有理曲線は複素4次元分のパラメータを用いて、ツイスター空間上を動かすことができる。そのパラメータ空間を$${X^c}$$と書くことにする。ツイスター空間の定義により、$${X^c}$$の実部分多様体が$${X}$$となっていることを示すことができる。つまり、標語的に言えば、$${X^c}$$は$${X}$$にとっての、複素時空と言ってもよい。有理曲線$${\mathbb{P}^1}$$により定まる正則直線束$${H}$$にはツイスター関数により正則切断を定義できるが、ツイスター関数の周回積分により、その空間は一次のコホモロジー群との同型を与える。これが定理12-2でいうところのペンローズ変換であり、数学ではセールの双対定理として知られている。

定理12-2を読むと、コホモロジー群の代数構造と微分方程式が結びついているようで、ちょっと驚いてしまうが、コホモロジー群は、ドルボーコホモロジーなどを見れば明らかのように、例えば、コホモロジー群の元は、コサイクルと呼ばれるものにより定まり、そのコサイクルは、作用素により定義されるので、定理12-2のように、コホモロジー群とディラックスピノールが関係していても、それほど不思議というわけではないと思う。ただ、このことをきちんと証明するには、かなりの議論が必要である。なので、要点だけ述べていこう。

上記したペンローズ変換の考え方には、空間座標がまだ含まれていない。その情報を含めるために、$${X^c}$$なる空間を作りだした。有理曲線によりスピノールを定め、有理曲線のなすパラメータ空間により、物理空間の座標を取り出すのである。$${Y}$$を$${X^c}$$の射影スピノール束としよう。このとき、ペンローズ変換$${T}$$は次にようにとらえることができる。$${W = F \otimes H^{-m-2}}$$と書こう。また、$${H^1(Z_x, \mathcal{O}(W))}$$は、constant rankとなるので、それにより定まる$${X}$$上のベクトル束を$${\mathcal{H}^1(W) ( \cong S_-^{m} \otimes E)}$$と書く。

$$
T : H^1(Z, \mathcal{O}(W)) \stackrel{p_1^{*}}{\mapsto} H^1(Y, \mathcal{O}(p_1^{*}W) \rightarrow H^0(X^c, \mathcal{O}(\mathcal{H}^1(W))) \rightarrow \Gamma(X, S_-^{m} \otimes E).
$$

 

$${Y}$$から$${Z}$$と$${X^c}$$への二つの射影をそれぞれ、$${p_1}$$、$${p_2}$$と書く。$${p_2}$$はただの自明な射影であり、$${p_1}$$は$${Z}$$への別方向への射影として定義される。つまり、$${x \in X^c}$$に対して、その点上の$${Y}$$における有理直線を、ツイスター空間$${Z}$$の$${x}$$上の有理直線に対応させるのである。

だいぶ端折って書くが、ルレイのスペクトル系列を考えることにより、$${T \alpha}$$のk-jetは、次の$${p_1^{*}}$$による像に含まれることがわかる。

$$
p_1^{*} : H^1(L_x, \mathcal{O}_{Z}^{k}(W)) \rightarrow H^1(L_x, \mathcal{O}_{Y}^{k}(p_1^{*}W)) = J_k(S_-^{m} \otimes E).
$$

 

ここで、$${L_x}$$は$${x \in X^c}$$の$${p_2}$$の引き戻しにより定義される直線である。また、$${\mathcal{O}_Y^{k}}$$は、$${L_x}$$を含む部分多様体$${V}$$の定義イデアル$${\mathcal{g}_V}$$による商空間$${\mathcal{O} / \mathcal{g}_{V}}$$として定義する。これを$${k}$$次の近傍と言ったりする。

この写像をもとに、$${T \alpha}$$のk-jetの関係式、つまり微分方程式を見つける。次の層の完全系列に注意する。

$$
0 \rightarrow \mathcal{O}(S^kN^* \otimes E) \rightarrow \mathcal{O}_U^{k}(E) \rightarrow \mathcal{O}_U^{k-1}(E) \rightarrow 0.
$$

 

ここで$${N^*}$$は$${V}$$の法束とする。

この完全列を、$${L_x \subset Y}$$に適用して、$${p_1}$$を使って、先回に紹介したジェット束の短完全列に対応させる。したがって、$${Z}$$における$${L_x}$$の1次の近傍を考えると、作用素の共形共変性の一般論より、$${T \alpha}$$は$${D_m}$$の核とみなすことができるのである。

長い議論をかなり端折って書いているので、よくわからないかもしれないが、詳細はヒッチンの原論文にあたってもらいたい。長いが、それほど難解ではない。

 以上の結果は、ヒッチンによるもので、40年前くらいに証明された定理である。しかし、古さを感じないのは筆者だけであろうか。この定理は立派であるが、ある意味、何か空間の本質にかかわる問題を残しているようにも思える。定理12-2は、左辺のコホモロジーと、ディラック方程式の解空間との同値性を述べているが、左辺のコホモロジーというのは簡単に計算できないようにも思える。したがって、この定理を使って、何が言えるのか、いまひとつわからない。ヒッチンの消滅定理があるので、コホモロジーが消える場合、ディラック方程式には非自明な解は存在しないことが言える。例えば$${S^4}$$上には、大域的なディラックスピノールは存在しないことはわかる。

ディラック方程式の解空間が、ツイスター空間上の代数的な問題に翻訳されたわけであるが、その真意というのは、40年経った今も、明らかではないと思える。そういう意味で、筆者には、ヒッチンの結果に古さを感じないのである。まだまだ考えるべきネタはあるように思える。

 ツイスター理論、あるいは、ツイスター空間論は、空間の形而上学的にかかわると思われるので、数学的に非常に深い理論である。ただ物理理論としては、冒頭に述べたように、不完全であると言わざるを得ない。ここまで述べたら明らかであろうが、場の理論を、ツイスター空間上の代数的な問題への翻訳がいつでもできるわけがない。代数的な理論のみでこの世界は記述できないと、筆者は思っている。ツイスター理論は、物理空間をencodingする理論であり、物理空間の場の理論は、なにがしかのツイスターの言葉を使って記述できると信じたいが、そうはなっていない。したがって、ツイスター理論には、何かパーツが足りてないように思える。それが、ウィッテンのTwistor Stringと呼ばれるものなのかどうか、今後、勉強していきたい。勉強して何かがわかったら、このブログで述べるつもりである。

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