8 ツイスター空間について

非ケーラー多様体として、ツイスター空間の研究を連想する人は、結構存在するようである。少なくとも、以前筆者が述べた、balanced計量やstrongly Guaduchon計量を連想する人よりは、圧倒的に多いはずである。しかし、筆者はツイスター空間を研究をしたことがないので、ツイスター空間に関する研究成果を俯瞰的に延べることはできない。ただ数学サイドでのツイスター空間の研究が物理サイドにどのように還元されるのか、その辺のことを述べた論説文は皆無だと思われる。あるいは、数学サイドでのツイスター空間の研究は、物理学者から見れば、数式で遊んでいるだけなのかもしれないが、ひょっとしたら、物理理論としてのツイスター理論になにがしか繋がるのかもしれない。今回は、そういった期待を込めて、ツイスター空間について、物理的な内容につながる可能性をもった形で述べてみよう。結構思い切ったことも書くつもりである。間違った記述もしてしまうかもしれないが、そこは読者の勉強に依存しようと思う。

ツイスターとはそもそも何なのだろうか。

ツイスターとは、大まかには異なる二つの空間の対応付けを与えるものである。数学的には、有向4次元リーマン多様体$${M}$$が与えられたとき、その上の共形不変な場の集合として、ツイスター空間が定義される。つまり、各点において、接空間に定まる複素構造のなす集合をファイバーにもつ滑らかなファイバー束がツイスター空間のことである。ツイスター空間の構造が、$${M}$$の共形類にしか依らないことは明らかであろう。ツイスター空間には、自然な方法で概複素構造が定まるが、一般には、それは可積分ではない。ツイスター空間が複素多様体になるための必要十分条件が知られているが、それは後程述べるとして、複素多様体としてのツイスター空間は次の性質を持つことが知られている。

 

性質8-1
(1) ツイスター空間$${Z}$$は、$${M}$$上の滑らかなファイバー束であり、ファイバーは$${\mathbb{P}^1}$$に同型である。またその法束は$${\mathcal{O}(1) \oplus \mathcal{O}(1)}$$と同型になる。
(2) 反正則な対合$${\sigma : Z \rightarrow Z}$$で、ツイスター空間$${Z}$$のファイバーを保ち、固定点を持たないものが存在する。これをツイスター空間の実構造という。

 

ツイスター空間は、部分多様体として、そのファイバーである$${\mathbb{P}^1}$$をもち、それらは法束に関する条件から、ツイスター空間内で、複素4次元分のパラメータを用いて動かすことができる。ツイスター空間の実構造から、この複素4次元分のパラメータ空間の実部分が、実4次元多様体$${M}$$となることがわかる。この実構造がツイスター空間のトポロジーに強い制約を与えるようである。

 

ツイスター空間が複素多様体になるのは、どういった場合なのだろうか。ツイスター空間は、有向実4次元リーマン多様体$${M}$$上の$${\mathbb{P}^1}$$をファイバーにもつ滑らかなファイバー束であり、それらはすべて概複素構造をもつことは述べた。答えから先に言ってしまうと、$${M}$$上に、自己双対的な共形構造が入ることが、ツイスター空間$${Z}$$の概複素構造が可積分となるための必要十分条件となる。数学的には、以後、有向なコンパクト4次元多様体に、いつ、自己双対共形構造が入るのか、またその上のコンパクト複素多様体としてのツイスター空間がどのような性質を持つのかという研究につながっていった。ここで、数学におけるツイスター空間論の研究分野が誕生し、以後、物理学と交わらなくなっていったように思われる。

 

ここでは、数学におけるツイスター空間論の研究結果を俯瞰しない。筆者にその能力がないこともあるが、自己双対計量とは何なのか、物理学にどのようにして結びついているのかということを、考えたい。今は筆者の知識不足もあり詳しく述べることはできないが、今後、数学におけるツイスター空間論が物理理論に結びつくかもしれないという期待を込めて、やや物理寄りの話をしたいと思う。そういった日本語の論説文は、筆者の知る限りないように思えたので、筆者の今後の勉強次第であるが、物理理論としてのツイスター理論と、数学におけるツイスター空間論のつながりを明晰に説明出来たら、なにがしかの貢献になるかもしれないと思う。

 まず自己双対共形構造の定義を正確に述べよう。

 定義8-2
有向4次元リーマン多様体を$${M}$$とする。$${M}$$上で定義されたリーマン計量により定まる、ワイル共形曲率テンソル$${W}$$は、ホッジの$${*}$$作用素により、自己双対部分$${W^+}$$と反自己双対部分$${W^-}$$に分解する。この分解は共形構造に依らない。$${W^- = 0}$$であるような共形構造を、自己双対共形構造という。

 共形的に平坦な多様体は、明らかに自己双対なので、例えば$${S^4, S^1 \times S^3, T^4}$$は自己双対多様体である。時空の点に対して、その点の持ちうる大域的情報から構成された、時空と対をなす多様体が複素多様体になる仕組みとして、自己双対共形構造が出てくるのであるが、こう書いてしまうと、ほぼ幾何学的操作だけで定義されてしまって、肝心の物理学の内容が隠れてしまっているように思える。ツイスター理論は物理理論であるので、なにがしかの微分方程式が出てくるはずであるが、それが、自己双対という概念なのであるが、見えにくい。ツイスター理論は、時空と対をなす複素多様体を考える理論である。時空から複素多様体がcanonicalな方法で定義でき、その逆、つまり、ツイスター空間から時空が構成できなければならない。そこで出てくるのが、ディラック作用素、ツイスター作用素である。

 $${M}$$上のスピノール束の射影化を$${P({V}_-)}$$と書く。スピノール束はスピン多様体にしか大域的には存在しないが、射影スピノール束はスピン多様体ではなくとも構成できる。スピン表現は$${SO(4)}$$のwell-definedな射影表現であり、したがって、$${M}$$がスピン多様体ではなくとも、射影スピノール束$${P({V}_-)}$$を考えることができるのである。この上には、概複素構造が定まることをまず見てみよう。局所的な話なので、射影化せずに、ベクトル束$${V_-}$$を考えよう。$${V_-}$$は先に注意したように、一般には大域的に定義されたスピノール束ではない。共変微分を$${\nabla}$$と書く。この時、ディラック作用素は次の様に定義される。

 定義8-3(ディラック作用素)

$$
D: \Gamma(V_-) \xrightarrow{\nabla} \Gamma(V_- \otimes \Lambda^1) \xrightarrow{\sigma} \Gamma(V_+).
$$

 ここで$${\sigma}$$はクリフォード積を表す。ツイスター理論を創始したペンローズは、ディラック作用素から、次のような、ツイスター作用素を定義した。

 定義8-4(ツイスター作用素)

$$
\bar{D}: \Gamma(V_-) \xrightarrow{\nabla} \Gamma(V_- \otimes \Lambda^1) \xrightarrow{\sigma} \Gamma(V_+^{\perp}).
$$

ツイスター作用素の核を、ツイスタースピノールという。このツイスタースピノールを考えることにより、考えている有向4次元多様体が自己双対のとき、その時のみ、考えているツイスター空間には複素構造が定まることを、アティア、ヒッチン、ジンガーは示した。局所的なツイスタースピノールにより定まる、$${V_-^* \backslash 0}$$上の複素ベクトル束$${V(\bar{D})}$$を次のように構成しよう。まず、局所的なツイスタースピノール$${s}$$の双対$${s^{\vee}}$$を定義する。その一次微分$${d s^{\vee}}$$なす集合として、$${T_c^*(V_-^* \backslash 0)}$$の部分ベクトル束$${V(\bar{D})}$$を定義する。ベクトル束$${V(\bar{D})}$$は複素4次元であり、しかも$${V(\bar{D}) \cap \overline{V(\bar{D})} = 0}$$となり、射影スピノール束$${{P}(V_-)}$$に概複素構造を定めるのであるが、同時に、考えている多様体$${M}$$が自己双対、つまり自己双対共形構造となるとき、その時に限り、考えている射影スピノール束、つまり、ツイスター空間に定まる概複素構造が可積分になるのである。

 多様体$${M}$$のリーマン計量を一つ固定すると、ツイスター空間における概複素構造の可積分性はもっと幾何学的には明快に説明できる。つまりリーマン計量により定まるレヴィチビタ接続により、ツイスター空間の接空間は、水平部分と垂直部分に直和分解することができる。

$$
T_zZ = V_z \oplus H_z.
$$

 この分解により、ツイスター空間に概複素構造が定まることは明らかであろう。この概複素構造の可積分性は上記したとおりであり、その複素構造は共形同値なリーマン計量の選び方に依らない。

 以上が、アティア、ヒッチン、ジンガーに示された、ツイスター空間におけるもっとも基本的な内容である。ここでは、正定値のリーマン計量の共形構造を考えた。4次元時空の場合、ローレンツ計量や、ニュートラル計量のツイスター空間も考えられる。ローレンツ計量の場合、そのツイスター空間の可積分性について、必要十分条件が知られている。時間向き付け可能4次元ローレンツ多様体の場合、そのツイスター空間にも概複素構造が定まるが、ローレンツ多様体の各点上における接空間に定まる直交複素構造の集合$${SO_+(3,1) / U(1)}$$は実5次元となり、正定値のリーマン多様体の場合と異なり、数学的にcanonicalな方法では概複素構造は定義できないようである。その数学的不自然さのせいなのかどうか筆者は把握してないが、ローレンツ多様体のツイスター空間に関しては、意外にも、ほとんど研究はない。ローレンツ多様体のツイスター空間の構成にたいして、ペンローズの逆対応とか考えられるのであろうか。先にも述べたが、時空が再現されなければ、ツイスター空間を考える意味はほとんどないと思われる。

ニュートラル計量をもつ4次元多様体の場合のツイスター空間については、自然に概複素構造が定まり、その可積分性について、深い研究結果があるようである。筆者は知らないので、興味のある読者は調べてもらいたい。

なお高次元多様体になると、正定値リーマン多様体のツイスター空間の概複素構造は、ほとんど可積分にはならないようである。したがって、高次元ツイスター空間論は物理的には、ほぼ意味はないように思われる。その他の不定値計量の場合、どういった研究があるのか、筆者は把握していない。

 いずれにしても、ツイスター空間を考える場合、多様体の自己双対性が重要になる。4次元有向コンパクトリーマン多様体の場合、自己双対計量に関しては、非常に深い研究が存在する。その全体像は読者に調べてもらうとして、筆者としては、一つ、次の定理を紹介しよう。

 定理8-5
任意の有向コンパクト4次元多様体$${M}$$に対して、十分大きな自然数$${n}$$を取ると、連結和$${M \# n \mathbb{P}^2}$$には自己双対計量が存在する。

 この定理により、極めて多くの可積分ツイスター空間が存在することになる。この定理により得られるコンパクト複素多様体は、ほぼすべて、非クラスCとなる。balanced計量が入るが、代数次元は0であり、有理型関数も持たない。どうやって研究すればいいのか分からないので、放置されているが、筆者が気になるのは、定理8-5が本当に正しいのかということである。タウベスにより100ページ近い難解な論文により示されており、査読には通ったようだが、その正しさを実際に確かめた人がいるのかどうか筆者は知らない。そのせいもあって、定理8-5を使った研究がないのかもしれない。したがって、定理8-5の正しさを保証して、なおかつ、その結果を使った新しい事実を発表できれば、学術的に大きな貢献になると思われる。意欲のある読者はいないだろうか。その期待も込めて、筆者の雑感を書いてみた。

 

最初に述べた、数学におけるツイスター空間論とツイスター理論の関係についてであるが、まだ明確ではない。ディラックスピノールに対して、ツイスタースピノールというものを考えたが、物理的な意味は筆者にはわからなかった。自己双対とツイスタースピノールの関係、ツイスター空間において、自己双対という性質がどのように埋め込まれているのか、その辺のことが明確になれば、ツイスター空間の概複素構造が可積分になる深い理由が明らかになるのではないかと考えたが、現時点で筆者には分からないのが残念である。今後、その辺のことに関して、なにがしか投稿する予定である。


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