7 コンパクト複素多様体の起源

局所共形ケーラー多様体の理論の続きを書きたかったが、かなりマニアックな内容なので、今回は休んで、もうちょっと王道な話をしたいと思う。ただし、メインは非ケーラー幾何につなげる予定である。

 ちなみにここで注意事項を述べるが、本連載は、いわゆる自己完結的な書き方ではなく、随所に未定義の数学用語を用いている。この小論をきっかけとして、何かに興味を持ってもらうということが狙いなので、例えば、前回の記事だと、エキゾチックなホップ多様体とは何ぞや、みたいに興味を持ってもらって、読者自身で調べて研究してもらうことを目的としている。そのため、理解不能な記述も散見されると思うが、そういう部分は読み飛ばしてもらいたい。

 それでは本論に入ろう。

 題名として、コンパクト複素多様体の起源としたが、そもそもコンパクト複素多様体はどのようにして生成してくるのだろうかという問題意識がある。複素射影空間やその部分多様体として、多くのコンパクト複素多様体が存在しているが、そもそも複素射影空間にはどうしてコンパクトな部分多様体が豊富に存在するのであろうか。複素多様体としてもっとも基本的な、$${\mathbb{C}^n}$$にはコンパクトな部分多様体が存在しない。それにも関わらず、$${\mathbb{C}^n}$$をコンパクト化して$${\mathbb{P}^{n}}$$を作ると、コンパクトな部分多様体が大量に発生するのである。これがどうしてなのか、まず考えてみよう。

 $${\mathbb{C}^3}$$の一点コンパクト化は、$${S^6}$$であるが、この多様体に複素構造が入るのかどうかは、有名な未解決問題である。ただ、かりに$${S^6}$$に複素構造が入ったとしても、代数次元は0であり、有理型関数は存在せず、部分多様体もほとんどないと思われる。したがって、やみくもに$${\mathbb{C}^n}$$をコンパクト化しても、その上に部分多様体が多く生成するわけではない、あるいは、$${S^6}$$に複素構造は入らないのであろうか。

$${\mathbb{P}^{n}}$$というのは、複素射影空間と呼ばれ、射影幾何学に起源をもつ。$${\mathbb{C}}$$上の代数的集合は、$${\mathbb{C}}$$係数の連立代数方程式の解であるが、これら代数方程式は斉次化できることが知られている。$${\mathbb{C}^n}$$にアフィン代数多様体が多く存在するのは明らかであろう。アフィン代数多様体を定義する代数方程式を斉次化することにより、複素射影空間の部分多様体と考えることができ、したがって、複素射影空間には多くの部分多様体が存在しうるのである。

$${\mathbb{C}^n}$$には、代数的ではない、解析集合も多く存在する。射影代数多様体と同じ考えで、この解析集合をコンパクト化することによりコンパクト複素多様体が多く生成できるのかという疑問が浮かぶが、実際には、そういった一般化はできない。依然、コンパクト多様体に複素構造を入れることは、きわめて難しい問題である。

 では、コンパクト複素多様体とは何なのだろうか。見つかっているコンパクト複素多様体の多くは射影代数多様体であるので、射影的ではないコンパクト複素多様体の起源も代数幾何学にさかのぼるのだろうか。コンパクト複素多様体の起源を探りたい。以下述べる結果は、Bogomolovの論文を参考にした。

 コンパクト複素多様体の起源と書いたが、現代風に述べれば、空間はどうでもよく、複素構造の起源と言ったほうが良いと思われる。射影代数多様体というのは、代数幾何学的に調べられる対象である。射影代数多様体にも複素構造が入り、射影代数多様体を複素幾何の手法を使って研究しようとする動きもあるようである。ただ、代数幾何学的は、位相構造の異なる射影代数多様体を必ずしも区別しないこともあるが、複素幾何では、位相構造の異なるコンパクト複素多様体は、異なる複素多様体である。したがって、複素幾何学と代数幾何学は、異なる捉え方をする分野であり、必ずしも、射影代数多様体のアナロジーでコンパクト複素多様体をとらえることは、正しくないかもしれないが、筆者は、つぎのBogomolovの予想に大きく感動した。

 予想7-1
任意のコンパクト複素多様体には、その補集合が真に次元の低いCW複体となるようなシュタイン開集合を含むであろう。

 射影代数多様体の範疇では、予想7-1が成立するのは明らかである。そもそも代数幾何学は予想7-1が成立することを前提とした学問であると思われるが、代数幾何学と異なる複素幾何学で予想7-1が確からしいように思えるのはどうしてであろうか。複素構造の起源というのは、代数幾何学につながっているのだろうか。ここで、Bogomolovの理論を紹介していこう。

 まず$${X}$$と書いて、射影代数多様体とする。また$${F}$$と書いて、$${X}$$上の正則葉層構造とする。$${F}$$は、接層$${\Theta_X}$$の可積分部分連接層である。$${S}$$を$${X}$$の滑らかな実部分多様体としよう。

補題7-2
$${S}$$を$${F}$$に横断的に交わる、$${X}$$の滑らかな実部分多様体多様体とする。すなわち、各点$${x \in S}$$で、

$$
\Theta_{X|x} \oplus \bar{\Theta}_{X|x} = F_x \oplus \bar{F_x} \oplus ( \mathbb{C} \otimes_{\mathbb{R}} T_{S,x} ).
$$

 そのとき、$${S}$$上には$${(X,F)}$$によって自然に誘導される複素構造が存在する。

任意のコンパクト実多様体に複素構造が入り得るとすれば、このようにして得られるというのが、Bogomolovの目指す理論である。複素構造の起源が射影代数多様体の構造にあるとすれば、それは驚くべきことのように思われる。

$${M}$$を複素多様体とする。$${M}$$の共役複素構造はwell-definedであり、対応する複素多様体を$${M_c}$$と書く。$${M \times M_c}$$は$${2n}$$次元の複素多様体であり、正則な対合$${i:(x,y) \rightarrow (y,x)}$$をもつ自己共役な複素多様体である。対合$${i}$$の不動点を$${\Delta}$$と書く。$${\Delta}$$は実$${2n}$$次元の実部分多様体である。

グラウエルトの定理により、$${\Delta}$$の十分小さな近傍$${\Delta \subset U \subset M \times M_c}$$はシュタイン多様体であることが知られている。$${U}$$は自然な正則な射影をもち、そのファイバーが$${U}$$上の正則葉層構造$${F_U}$$を定める。$${\Delta}$$は$${F_U}$$に横断的であり、$${\Delta}$$に誘導された複素構造は、$${M}$$の複素構造と一致する。

定義7-3
複素多様体$${M}$$上の正則1-形式$${\omega}$$は、もし$${p \in M}$$で$${\omega, (d \omega)^n, \omega \wedge (d \omega)^{n-1}}$$が消えなければ、genericという。

定義7-4
コンパクト複素多様体上の可逆部分層$${L \subset \Omega_M^1}$$は、任意の$${M}$$上の点$${p \in M}$$で、$${L}$$の局所基底が$${p}$$でgenericであれば、$${L}$$はgenericという。

補題7-5
 $${L \subset \Omega_X^1}$$を$${2n}$$次元複素多様体$${X}$$上の定義7-4の意味でgenericな可逆部分層とする。そのとき、$${L}$$はランク$${n}$$の正則葉層構造を定義する。

以下で複素多様体$${M}$$はコンパクトであると仮定しよう。また$${M}$$の複素次元は2以上と仮定する。準同型$${\omega : \Theta_U / F_U \rightarrow \mathcal{O}_U}$$は$${U}$$上の正則$${1}$$-形式であり、$${F_U}$$は$${U}$$上の葉層構造なので、$${L= \mathcal{O}_U \omega}$$は定義7-4の意味でgenericである。$${F_U}$$は$${\Delta}$$に横断的であり、$${\omega}$$により補題7-5から得られる、ランク$${n}$$の正則葉層構造と$${F_U}$$は同値である。
$${\Delta}$$は$${M}$$の構造より、とりわけ実解析的多様体であるので、したがって、$${\Delta}$$を$${M \times M_c}$$の中で少し動かすことにより、$${\Delta}$$は実代数多様体と仮定してよい。したがって、$${\Delta}$$はある射影代数多様体$${P}$$の実部分と考えることができる。このように、射影代数多様体$${P}$$を$${\Delta}$$により定め、$${M}$$上に複素構造を構成することを考える。
$${P}$$は$${\Delta}$$により定まるので、$${U}$$は$${P}$$の開部分集合と見ることができる。$${Pic P \rightarrow Pic U}$$は全射であり、$${F_U}$$は$${P}$$上の連接層に拡張できると仮定してよい。

補題7-6
$${D}$$を$${P}$$のvery ampleな因子とする。
その時、$${\omega}$$は、列$${\omega_i \in H^0(P, \Omega_P^1(iD)), i = 1, 2, \dots}$$によって近似される。特に、$${M}$$上の複素構造は$${P}$$上の代数的葉層構造によって誘導される複素構造の列によって近似される。

$${D}$$はvery ampleであり、totally realな部分多様体である$${\Delta}$$は$${D}$$と交わりを持たず、またグラウエルトの定理により、$${D}$$は$${P}$$における$${U}$$の補集合と考えることができる。補題7-6において、近似というのはどういった意味での近似なのか、Bogomolovの論説文には書いてなかったので、読者に伝えられないのは残念であるが、証明の本質は、$${\mathcal{O}_P \omega_i}$$が、定義7-4の意味で$${P}$$上genericであり、したがって、補題7-5により得られる$${U}$$上の正則葉層構造$${F}$$が$${M}$$に複素構造を定め、その複素構造の列が、$${M}$$の複素構造に近づいていくというイメージである。

$${M}$$に入る複素構造を$${\mathcal{M}}$$と書き、もともとの複素構造の属する$${\mathcal{M}}$$の連結成分を$${\mathcal{M}_0}$$と書く。詳しい説明は省く、というより、筆者は把握してないのだが、補題7-6の$${\omega_i}$$により定まる$${M}$$上の複素構造のなす集合$${\mathcal{M}_0^{'}}$$は、$${M}$$のコンパクト性により、$${\mathcal{M}_0}$$において稠密となり、また代数的葉層構造の極限は代数的であるので、$${\mathcal{M}_0 = \mathcal{M}_0^{'}}$$が結論できるようである。

したがって、次の定理が示された。

定理7-7
$${M}$$上の複素構造は、$${P}$$上の代数的葉層構造によって誘導される。

以上、Bogomolovの論説文をまとめてみた。論説文なので、あまり厳密ではなかったが、Bogomolovの着眼点の鋭さが際立っていた。そのことがこの小論で読者にどれくらい伝わったのか心もとないが、もし興味を持ってもらえれば、幸甚である。次回以降、Bogomolovの理論を発展させた研究を紹介できればと考えている。射影代数多様体の葉層構造により定まる複素構造の列の極限として、任意の複素構造が得られるというのは、ある意味自然なのかもしれない。上記の射影代数多様体$${P}$$を具体的に構成することは難しいかもしれないが、定理7-7により、未発見の非ケーラーコンパクト複素多様体が多く存在するように思えるのは、筆者だけであろうか。

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