【第498回】『真昼の死闘』(ドン・シーゲル/1970)

 真っ赤な夕陽を背に、男はメキシコの荒野を歩く。セルジオ・レオーネの『夕陽のガンマン』が夕陽に消えていく男の影をクライマックスに持って来るのに対し、今作は夕陽の中から現れる男のシルエットで幕が開ける。一昼夜歩いただろうか?続くシークエンスでは昼間の荒涼とした土地を、流れ者のホーガン(クリント・イーストウッド)が馬に馬を一頭引かせながらただただ歩いている。草も生えない荒涼とした土地、ポツンと生えるサボテンの背景、砂地を這うガラガラ蛇、小高い丘から様子を伺うクーガーの姿、道のはずれに置かれた干からびた人骨のクローズ・アップ、蠢く毒蜘蛛。目の前で女の叫び声を聞いたホーガンは、小高い丘からそっと下の様子を覗く。裸を黒い衣服1枚で隠そうとする女の姿。女を取り囲む3人のギラついた男たちの欲望。ホーガンは威嚇するようにコルトを1発発射するが、ギラついた男たちは4人でレイプしようと提案する。美味しい酒もあるとほくそ笑む悪党を1人また1人と早撃ちで殺すが、最後の1人が女を盾にしてホーガンを脅す。死角になるような大きな岩影。男はダイナマイトの雷管に火をつけ、悪党の目の前に投げ入れる。怯んだ男が背中を向けて逃げ惑う中、ホーガンの早撃ちテクニックがまたもや火を噴く。絶体絶命だったヒロイン・サラ(シャーリー・マクレーン)を救出したホーガンは、服を着たサラの姿を見て驚く。こうして殺し屋と尼僧という奇妙な組み合わせのロード・ムーヴィーは幕を開ける。

ホーガンは南北戦争を生き抜いた後、アメリカと国境を隣り合わせたメキシコのゲリラに手を貸している。映画はナポレオン3世がメキシコに傀儡政権を樹立した時代を下敷きとし、インディオ出身のフアレス将軍率いるメキシコ軍が政権奪還の為にゲリラ戦を行っていた時代を描写する。ホーガンは銭ゲバなプロの殺し屋であり、フアレス将軍の秘密工作員としてフランス軍の駐屯地から金品を奪う計画を立てている。最初は成り行きで助けたに過ぎない女だったが、サラがメキシコ軍を支援したせいで、フランス軍に追われる身だと知り、シンパシーを覚える。セルジオ・レオーネの「名なしの3部作」のように、利害関係が一致した2人はチームワークで難敵を退けていく。西部劇という男の世界に身を置きながら、イーストウッドよりも1枚も2枚も上手なシャーリー・マクレーンの存在感が素晴らしい。メキシコの荒涼とした町と強い日差しに何とも不似合いなグラマラスな白い柔肌。尼僧でありながら時に煙草をホーガンに隠れて吸い、アルコール度数の強い酒を一気に呑み干し、ケツ(ASS)という単語をあっけらかんと呟いて見せる。そんな彼女の尻に敷かれっぱなしのイーストウッドが新鮮に映る。やがてサラの隠された二面性が明らかになるのだが、この女の表と裏の描写はドン・シーゲルの続く『白い肌の異常な夜』やイーストウッドの監督デビュー作『恐怖のメロディ』でも繰り返し用いられてきた。イーストウッドの映画では、必ず男勝りな気の強い女がイーストウッドに対峙することになる。

映画は冒頭の3対1の構図と早撃ちにこそ、「名なしの3部作」再びの予感がする。アメリカ製西部劇の復権かと思ったものの、スペイン語で繰り広げられる冗長な台詞回し、ラロ・シフリンからエンニオ・モリコーネの再起用とフラメンコ・ギターの調べが、思いっきり「マカロニ・ウェスタン」を模倣するのは致し方ない。何もかも計画通りに進んでいたところで、突然ヤキ族の襲撃に遭い、イーストウッドが瀕死の重傷を負うのも定石通りの展開であろう。中盤、高所恐怖症のサラが土台の部分をよじ登り、線路を爆破する場面は真っ先に『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』を想起させるものの、南北戦争時代の見事なカタルシスを思い起こさせた前者の活劇性には遠く及ばない。ドン・シーゲルの演出自体も、1時間35分にきっちりと収めた『マンハッタン無宿』に比べ、2時間弱もの尺を使用した今作には明らかにカットすべき無駄な場面が多い。イーストウッド以上にシャーリー・マクレーンに必要以上に気を遣った物語は、必要以上に台詞が多く、イーストウッド自体も無駄に喋り過ぎているのは否めない。シャーリー・マクレーンとイーストウッドの冗長な喋りにこそユーモアがあると感じる向きもあろうが、ドン・シーゲルには洗練された男女の機微は向かない。銃を抜くタイミング、1対1のジリジリとした緊張感が肝である西部劇に対し、ダイナマイトで何でも解決しようとする姿勢は明らかにストレートな西部劇とは趣を異にする。7月14日の革命記念日に決行される計画はゲリラvsフランス軍の様相を呈し、図式的な勧善懲悪をエスカレートさせる。シーゲルの活劇としては珍しく、イーストウッドの銃口の矛先が不明であり、大量の人員を投入した作戦はあまり功を奏さない。『マンハッタン無宿』と『白い肌の異常な夜』に挟まれたあくまで地味な異色の西部劇には違いない。

#ドンシーゲル #クリントイーストウッド #シャーリーマクレーン #真昼の死闘

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