【第504回】『荒野のストレンジャー』(クリント・イーストウッド/1973)

 陽炎ゆらめく荒れた野原を馬に乗った男が向かって来る。急勾配な森を抜け、白い馬に跨る男は丁寧に手綱を引きながら、やがて麓に湖を臨む湖畔の町ラーゴへとたどり着く。その幻想的な風景、唐突に立ち並ぶ町の中を流れ者(クリント・イーストウッド)の男は悠然と歩く。見知らぬ者の来訪を、左右に居合わせた住民たちは奇異な様子で見つめている。その監視体制の異様さばかりが目に止まる。流れ者の男は馬を止め、一軒の酒場を訪れる。注文するビールとボトル。カウンターに居並ぶ人達の好奇な目。まるでセルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』のように、3人の男たちが彼に喧嘩を吹っ掛けるが、男は飲み干したビール・ジョッキで威嚇し、「力が違いすぎる」と取り合わない。理髪店で風呂を予約し、髭の手入れを始めた男の後ろから、先ほどの3人の男たちがにが虫を噛み潰した様子で、椅子に座る流れ者の男を取り囲む。次の瞬間、うなりを上げた男の拳銃が至近距離で命中し、3人はもんどり打って倒れる。その様子を終始呆気にとられた様子で見守る町の住民たち。彼らはこの流れ者の男に町の命運を託す算段を立てる。彼はいったいどこからやって来て、何の目的でこの町に現れたのか?小人の男(テッド・ハートリー)が「名前は何だっけ?」と聞くが彼は「言ってない」と素っ気なく答える。セルジオ・レオーネの「名無しの3部作」では便宜的に統一させていたに過ぎなかった名前が、やがて1つに繋がる物語の重厚さ、バロック的な不協和音が不穏さを掻き立てる。

この町の小さな官僚機構(警察・市長・牧師)は彼の銃の技術を買い、町の脅威に対抗する切り札として男を招き入れようとする。実は1年前に投獄された3人の凶悪犯が釈放され、ラーゴの町に復讐に戻ることを恐れた住民たちは、あらゆる手を使ってこの男を味方に引き込まねばならない理由があるのだ。ここでもイーストウッド映画に通底する「法と正義の行使の不一致」という主題が頭をもたげる。この町の住民たちは、町の財源である鉱山が国有財産であることをひた隠しにしながら、日々の生活を営んでいる。イーストウッド扮する流れ者が最初に入った部屋で見た悪夢から、保安官ジム・ダンカン(後に『ダーティ・ファイター』を監督するバディ・ヴァン・ホーン!!)が法の裁きを受けず、この町の住民たちの間で私刑になったことが暗示される。誰一人として止めに入る者もいない残酷な構図、冷たい視線に晒されながら、野垂れ死んだ保安官の哀れをこれでもかと強調するかのような冷たい視線の積み重ねと暴力の連鎖が、言いようもない怒りを掻き立てる。この住民たちの「見て見ぬふり」や、浅はかな隠蔽体質や官僚的な事なかれ主義に対し、イーストウッドは怒りを隠さない。この町の全ての品物がタダになる契約を結んだ流れ者の男は、マイノリティとして差別を受けるインディアンに対し、キャンディや毛布をプレゼントし、小人というマイノリティの身障者であるテッド・ハートリーを市長と保安官の要職に据える。善悪の判断を宙づりにするような実に痛快なイーストウッド流のニヒリズムは、実は釈放される3人よりも、本当の諸悪の根源はラーゴの町の住民だと宣言して憚らない。

当初の設定では、流れ者の男は保安官ジム・ダンカンの弟という設定だったらしいが、明らかにフレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』へオマージュを捧げた物語は、イーストウッドらしい不穏さを抱えながら脇道へと逸れていく。ここではカーニヴァルの論理を逆手に取り、亡霊のような男がどこからともなく現れ、どこか遠くへと去っていく。彼は人知を超えた人物として描写され、イーストウッドらしい実に気の強いヒステリックで男勝りな女に至近距離からバスタブに弾をぶち抜かれても、どういうわけか死なない。導入部分で墓石にまみれた墓地を通過したように、今作は町そのものが死に支配される空間として造形される。そして流れ者は最後の審判の大天使ミカエルのように、生と死を司る超然的な意匠をも纏うのだ。ラーゴの住民たちは彼の扱いに右往左往し、しまいには町の全ての住居の壁を鮮血のような真っ赤な色に塗らされる。ここに来て「LAGO」の町は「HELL(地獄)」と化し、仮初めの配置についた町民たちをあざ笑うかのように、流れ者の男は決着さえつけないまま、馬に乗り旅立つのである。『ダーティハリー』や『シノーラ』を経て身につけた高低差のあるアクションの構図、ダイナマイトで全てを解決しようとしたドン・シーゲル『真昼の死闘』の失敗を反省したかのような、『奴らを高く吊るせ!』ばりの絞首刑のアクションの緊迫感。クライマックスでは町民たちの冷たい視線に晒された保安官ジム・ダンカンの姿とは対照的に、まるで亡霊のように不明瞭な流れ者の存在が息を呑む。今作はこの13年後、『ペイルライダー』へと姿を変え、亡霊の不明瞭さは反復される。

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