【第319回】『刑事コロンボ 構想の死角』(スティーヴン・スピルバーグ/1971)

 『刑事コロンボ』第一シリーズの記念すべき1作目。当初単発ドラマとして放送したものが好評を博し、その後1本のパイロット版を経て、全7話のシリーズの第一話を若き日のスティーヴン・スピルバーグが担当している。もともと1960年代後半、当時まだ10代だったスピルバーグ少年は、観光としてアメリカにあるユニバーサル・スタジオに潜り込み、毎日撮影所に潜り込んでいたという有名な逸話がある。彼は有名な8mm小僧でいくつかの賞も採っていたが、彼の35mmデビューとなった『アンブリン』(後の彼のプロダクション名)がユニバーサル・テレビの副社長の目に止まり、若干20歳でユニバーサル・テレビとの専属契約を締結する。当時のテレビ業界で監督といえば40代50代が当たり前であり、当時の慣例ではあり得ない人事だったものの、副社長の肝いりで意気揚々とテレビ監督に抜擢されたスピルバーグが手掛けた7、8本のうちの1本が今作である。

当時のテレビ作品の記述はwikipediaでも曖昧で心許ないのだが、私が確認している限りでは『怪奇真夏の夜の夢』(1969)、『笑いを売る男』(70)、『ドクター・ホイットマン』(70)、『ネーム・オブ・ザ・ゲーム』(70)、『オーウェン・マーシャル』(70)、『激突!』(71)、『ヘキサゴン』(71)など実に多岐に渡る。この中には『ナイト・ギャラリー』という当時の人気ドラマ・シリーズの一編もあり、当時のスピルバーグの局内での立ち位置が窺い知れる。『刑事コロンボ』がシリーズになった際に監督を依頼されたのも、抜擢ではなくある程度の実績あってのことだったのである。

人気推理小説シリーズ「メルヴィル夫人」シリーズ等で有名だったコンビ作家、ジム&ケン。作家ケン・フランクリン(ジャック・キャシディ)はコンビの片割れである共著の相棒作家、ジム・フェリスをピストルで殺害。ハンサムでプレイボーイな人気作家であるケンは完全犯罪を試みるが、そこに思わぬ目撃者が現れて・・・。シリーズ3作目にして、完全犯罪を崩す構図を既に確立し今作。相方からコンビ解消をせがまれたケンは自らが小説を書けないことがバレるのを恐れ、相方ジムを殺害。ショックで筆を置くはずが刑事コロンボの執拗な責めに遭う羽目に。作家というのは虚像に満ちた世界であり、誰が書いているのかは端から見れば誰にもわからない。その中でコンビ解消を迫られた才能のない人間が殺しを決意し、ジムを完全犯罪の現場へと誘う。冒頭に銃を突きつけたところで、ジムが彼の殺意を信じていないことを観客に理解させた上で別荘にて凶行に及ぶのだが、その殺意の有無をジムが感じていないことを観客に認知させるのが非常に巧い。

当初はしてやったりだったケンの歯車が狂うのは、まったく想定していなかった第三者となる目撃者の登場からである。途中寄った雑貨屋(今でいうところのコンビニ)でのラサンカ夫人(バーバラ・コルビー)の思いがけない証言から、ケンの計画は想定外の展開を見せ始める。犯行を見破ったことを犯人に告げたことで、大金をせしめるが呆気なく殺されるというのは古今東西どこにでもある展開だが、無残にも女主人は殺されてしまう。この印象深い馬面で出っ歯の女主人を演じたバーバラ・コルビーは実際、1975年7月、講師をしていた演劇のワークショップからの帰りに、駐車場で正体不明の何者かに銃で撃たれ、死亡するという不幸な最期を遂げるのである。

才能のない人物が自分には才能があるのだと信じ、表舞台に出ているうちに自分の力を過信してしまうというのは、今も昔もどこにでも起こりうる状況である。願わくばもう少し彼の虚栄に満ちた生活が強調されていればもっとわかりやすかったはずだが、彼の完全犯罪の穴をコロンボはいとも簡単に見破る。犯人と刑事というのはいつも駆け引きが大事であり、ドアを閉める直前に「もう一つだけ質問宜しいですか?」などと言って、犯人のロジックの落とし穴をついて主導権を握るなど、コロンボの心理的プレッシャーは最初から群を抜いている。今作で犯人を演じていたジャック・キャシディは、22話「第三の終章」、36話「魔術師の幻想」でも犯人役を演じているまさに犯人らしい犯人としてシリーズを彩った俳優である。幸か不幸かバーバラ・コルビー同様に、ジャック・キャシディも76年、寝タバコが原因による自宅マンションの火災により、49歳の若さで非業の死を遂げた。アルコール依存症と双極性障害を患っていたという。今作において犯人と被害者を演じた人間がどちらも不慮の死を遂げているというのも何か因縁めいたものを感じるが、スピルバーグの20歳とは思えない演出力を堪能するべき小品である。

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