【第320回】『続・激突!/カージャック』(スティーヴン・スピルバーグ/1974)

 テキサス州立刑務所で服役中のクロービス・ポプリン(ウィリアム・アザートン)のもとに、女房のルー・ジーン(ゴールディー・ホーン)が面会にやってきた。親の資格なしとして彼ら夫婦から裁判所命令で取り上げられていた1人息子の赤ん坊ラングストンが、福祉協会を通じて養子にだされてしまうことが決まる。ルー・ジーンに泣きつかれたクロービスは仕方なく、面会人にまぎれ込んで刑務所を脱出。人のいい老人が運転するポンコツ車に乗り込んだ。

アメリカでのスピルバーグの劇場長編デビュー作。邦題は『続・激突!/カージャック』となっているものの、71年のテレビ映画である『激突』とは直接の関係はない。アルジェントの『サスペリア』もそうだが、70年代の映画界はこういう続編を匂わせるようなタイトルが本当に多かった。窃盗などの軽犯罪を常習的に繰り返す若い夫婦が、1人息子を養子に取られそうになり、あと4ヶ月の刑期を踏みつけにして、刑務所を脱走する逃走劇である。車でどこかへ向かう様子はロード・ムーヴィをも思わせる。スピルバーグとヴィルモス・ジグモンドのカメラワークはここでも絶好調である。

人のいい老人が運転するポンコツ車に乗り込んだ夫婦だったが、このポンコツが想像以上の代物でまったくスピードが出ない。ハイウェイをガタゴトゆくうちに、マックスウェル・スライド巡査(マイケル・サックス)の眼にとまり、停車させられてしまう。脱獄してきた夫婦は老人からハンドルを取りあげて必死の逃亡をはかるが、ポンコツ車はたちまち音を立てて道路わきの立樹に衝突してしまう。怪我人はいないかと、パトカーから降りてきたスライドを見て、ルー・ジーンはピストルを取り上げ、赤ん坊が保護されているシュガーランドまで自分たちを連れていけと脅迫してパトカーに乗り込む。2人の破滅に満ちたこの行動はまるで『俺たちに明日はない』そのものである。アメリカン・ニュー・シネマの時代を声高に叫ぶことになった「ボニーとクライド」の破滅的で衝動的な行動のように、2人は更なる罪を幾つも重ねていく。スピルバーグにはおそらくジョセフ・H・ルイスの『拳銃魔』やラングの『暗黒街の弾痕』が念頭にあったに違いないが、そこにマックスウェル・スライド巡査が加わり、3人の奇妙な逃避行が始まるのである。

その3人の追っ手として田舎町をどこまでも追いかけてくるのが、隊長のタナー警部(ベン・ジョンソン)以下、テキサスのハイウェイ・パトロール本部である。彼はこれまで勤務中に誰一人殺してこなかったことを自分の中での誇りとしており、まだ年端もいかない夫婦の行く末を案じている。現実ならば夫婦の背景にどんな事情があるにせよ、警察官を人質に取った時点で射殺の対象となるが、70年代のテキサスはまだまだのんびりしていて良い時代だったのかもしれない。今作で描かれた物語はフィクションではない。実際に新聞に載った実話なのである。

やがて無線を聞きつけたテキサス中から、パトカー、そして報道陣が次々と追跡に加わり、やがて弥次馬を巻き込んで車の数はみるみる膨れあがる。中盤の数十台のパトカーを従えての道路での数kmに及ぶ隊列は圧巻であり、まさにアメリカらしいスケールの大きさである。おそらくペキンパーの『コンボイ』はこの映画を模したものだが、その力強さは遠く及ばない。過剰に溢れかえるマスコミ、さらには沿道にルー・ジーン夫婦を応援する観衆が集まり、道中は大混乱を来たす。刑務所を脱走し、警察官を誘拐し、彼の銃を奪い、本来ならば夫婦の行動は褒められたものではないが、1人の命も奪っていないことが一般国民の同情を誘い、彼らはさながらヒーローに祭り上げられるのである。

ハリウッドの70年代の刑事ものには、まだベン・ジョンソンのような話のわかる立派な男が数多くいた。中でも一番痛快だったのは予備役のヒットマンたちとのやりとりである。彼らは90%の確率で夫婦を殺せるというのだが、ベン・ジョンソンは彼らが凶悪犯でないことを知っているだけに、何とか流血を避けて事件解決を計ろうと策を練る。マックスウェル・スライド巡査も最初は警察官として職務を全うしようと試みるが、徐々に夫婦の計画性の無さや無邪気な優しさに同情心を抱き始める。早朝、キャンピング・カーの中でのクロービスとマックスウェル・スライド巡査の何気ないやりとりは忘れることが出来ない。更生したら警官になろうと口にするクロービスに対し、マックスウェル・スライド巡査は前科のある者は州の決まりで警官にはなれないのだと言う。この夫婦の間柄において、常に銃を突きつけるのは夫であるクロービスだが、彼が立ち直れるか否かは妻のルー・ジーンの気持ち一つではないかと思ったところに悲劇は起こる。

実際に起こったニュースを映画化しただけに、結末を変えることは出来なかったが、スピルバーグの描き方は警察=善で犯人=悪の単純な構図ではない。だからこそ予備役のヒットマン2人にベン・ジョンソンがあのような罵声を浴びせるのである。確かに彼らは犯罪を犯し、マスコミを騒がせる事件を起こした。しかし本当に悪いのは誰なのか?ここでは確かにアメリカン・ニュー・シネマのようなアンチ・ヒーロー、バッド・エンドに帰結するものの、どこか複眼的に物事を見ようとするスピルバーグの精神がしっかりと息づいているのである。

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