【第509回】『サンダーボルト』(マイケル・チミノ/1974)

 辺り一面に麦畑を臨む田舎町の牧歌的な風景。教会の横には幾つもの車が並べられ、教会内では牧師様のミサが始まっている。やがて一台の車が緩やかなカーブをスピードをあげてUターンし、教会のすぐ手前に着ける。『ダーティハリー』のレイバンではなく、真面目そうな眼鏡をかけ、黒い衣装を身に纏ったあまりにも胡散臭いクリント・イーストウッドの姿。「皆さん平和のために祈りを捧げましょう」と言ったところで正面のドアが開き、先ほど停車したレッド(ジョージ・ケネディ)のアストラM900の銃弾が連射され、サンダーボルトは机に隠れた後、裏口から逃げていく。追いかけるレッドと逃げるサンダーボルトの永遠に追いつかない追いかけっこが可笑しい。追っ手のアストラM900は優秀な銃のはずだが、どういうわけか一向に当たる気配がない。一方その頃、中古車展示会場では若い男ライトフット(ジェフ・ブリッジス)が一台のトランザムに試乗し、義足の男を装う。こうしてまんまとトランザムを盗み出すことに成功したコソ泥は、やがてレッドとサンダーボルトの追いかけっこの現場と鉢合わせになる。ライトフットは咄嗟にサンダーボルトを刑事だと思い、ハンドルを何度も回すことで、サンダーボルトは脱臼してしまう。やがて2人は意気投合し、罪人たちのロード・ムーヴィーが幕を開ける。

脱臼したサンダーボルトが岩にくくり付けたライトフットの革ベルトで、外れた肩を入れる描写は、ドン・シーゲル『真昼の死闘』と同工異曲の様相を呈する。『真昼の死闘』では先住民族に矢で胸を射抜かれた流れ者のホーガン(クリント・イーストウッド)がサラ(シャーリー・マクレーン)に間一髪のところを助けられた。今作でも脱臼した肩を入れる驚くべき根性に、ライトフットは羨望の眼差しを見せる。そんな男に対し、サンダーボルトが聞くのは「金が稼ぎたいか?」だけである。その問いかけにも不敵な笑みを浮かべる若者は二つ返事で「稼ぎたい」と返す。犯罪に熟練した朝鮮戦争帰りの中年男と、当時ようやく終結したベトナム戦争世代の若者との友情の主題は、性別を変えて繰り広げられた不動産業を営む初老の男とヒッピー少女の恋物語である『愛のそよ風』にもよく似ている。思えば『ダーティハリー』の犯人スコーピオもベトナム戦争帰りの若者として描かれていた。イーストウッドは70年代初頭、閉塞感に押しつぶされた若者たちを検挙し、同時に救済した。もはや若者の代弁者ではなく、大スターとなったイーストウッドは、戦後世代へのエールを幾つもの作品で描いてきた。今作でも肩を入れたサンダーボルトに対し、ライトフットは「老け込むのはまだ早いぜ」と老いぼれを励ます。サンダーボルトもレッドの追っ手から逃げるためにライトフットを利用するうちに、彼に漂う虚無感を理解し、彼の心を正しい方向に導こうとする。

このサンダーボルトとライトフットの関係性は、そのままクリント・イーストウッドと、彼の一番弟子マイケル・チミノに踏襲されたのは間違いない。これまでイーストウッドの映画は師匠格であるセルジオ・レオーネやドン・シーゲルか、さもなくば盟友であるテッド・ポストかあるいは自分自身かに限られていたが、イーストウッドは『ダーティハリー2』の原案を作ったマイケル・チミノの手腕を高く評価し、翌年監督デビュー作として今作を撮らせる。ここで初めてイーストウッドは自身よりも下の世代を育成し、ハリウッドへと進出させる。後のバディ・ヴァン・ホーン、ジェームズ・ファーゴの流れの源流に本作は位置付けられる。物語が進むと、サンダーボルトとレッドの関係性が次第に明らかになる。こうして2人は4人となり、アメリカ映画らしい短絡的な犯罪計画は破滅に向かうのかと思いきや、裏切り、仲違いを経て、あっと驚くような結末を見せる。滅びゆくアメリカン・ニュー・シネマを多分に意識した作品ながら、今となっては残念ながらその末尾に追いつけなかった悔しささえ感じさせる。ブルース・サーティースではなく、フランク・スタンリーのカメラはよりロング・ショット重視であり、夜の闇よりも昼間のからっとした風景を撮ることに長けている。そして重心の低いカー・チェイスを撮るのが抜群に上手い。ブルース・サーティースを空撮の名人だとするならば、フランク・スタンリーこそが70年代カー・チェイスの素地を作ったと言っても過言ではない。クライマックス、ライトフットが好きな白い車を購入し、葉巻で喜びを表した彼に起きた悲劇。サンダーボルトが消した葉巻の余韻が堪らない印象を残す。

この原稿を書いた直後、マイケル・チミノ監督の訃報が届く。享年77歳だった。あらためてご冥福をお祈り申し上げます。

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