【第503回】『シノーラ』(ジョン・スタージェス/1972)

 メキシコとの国境に近い荒涼とした砂漠地帯、2頭の馬に引かれた荷台に並んで座る父親と娘の姿。それより早くメキシコ系の住民たちはシノーラの町に入り、馬を縄で止める。保安官見習いの2人が留置所に朝飯を運ぶと、ベッドに横たわるジョー・キッド(クリント・イーストウッド)がいる。2人の姿に動じることなく、光を遮るかのように帽子で顔を隠し、その表情は窺い知れない。彼はさすらいの一匹狼だが、昨夜泥酔し揉め事を起こし、シノーラの町の留置所に拘留されていた。甘い匂いに誘われ、コーヒーの入ったマグカップに手をかけようとするが、左手がベッドに繋がれてる。その不自由さをあざ笑うかのように、テーブルについたメキシコ人が彼の分のコーヒーを横にずらす。「俺様に跪くなら飲ませてやってもいいが」と不敵な笑みを浮かべながら話すメキシコ人に対し、いつものような怪訝な表情を浮かべるジョー・キッドの姿。彼はその態度に明らかな怒りを抱えている。通常の西部劇が流れ者のある町への到着を導入部分で現すのに対し、今作は主人公が最初から手錠に繋がれているというイレギュラーな幕開けをする。そのアイデア自体は悪くないのだが、肝心の掴みの部分がイーストウッドの西部劇としては実に低調に見える。

メキシコ人たちはこのシノーラの町に、裁判を受けるために現れる。ここでは白人の地主たちと、メキシコ人の農民との土地所有権をめぐるいさかいが絶えない。西部開拓時代、メキシコ人が厚意で白人の土地使用を認めたところ、済し崩し的にその土地に家が建ち、道路が作られ、白人たちの町が出来た。このシノーラという町も元々はメキシコ先住民たちの土地だったのかもしれないが、いつの間にか白人たちに占領され、支配されている。彼らメキシコ系武装集団を率いる男ルイス・チャーマ(ジョン・サクソン)はこの土地所有権をめぐるいさかいに終止符を打つべく、娘にも拳銃を持たせ、武力行使へと打って出たのである。今作の導入部分は、辺境の土地においやられたメキシコ人たちの裁判をめぐる長い旅路を映し出している。鹿を密漁し、10ドルの罰金か10日間の拘留のどちらか一方を選ぶように判事に命じられたジョー・キッドは、1文無しのため2つ返事で10日間の拘留を選ぶが、彼の保釈金10ドルを大地主ハーラン(ロバート・デュヴァル)が支払ったことで、彼に恩義を感じ、チャーマ討伐に参加する。エルマ(リン・マータ)とのロマンス、ハーランに雇われた殺し屋ラマー(ドン・ストラウド)との不和など人間関係の機微は盛り沢山だが、その描写はどれも中途半端で要領を得ない。ロバート・デュヴァルの悪役描写も、いまひとつはっきりとしないため、イーストウッドの正義と対峙する悪役としてはやや物足りないのも事実である。

このような地味な西部劇に名匠ジョン・スタージェスを招き入れ、ブルース・サーティースのカメラ、ラロ・シフリンの音楽など定型を用い、自身が率いるマル・パソ・プロで撮ったのは、この物語がイーストウッドの「法と正義の行使の不一致」という琴線に触れたからに他ならない。ジョー・キッドは当初は保釈金の恩義に与った縁で大地主ハーランの側に着くが、その後の「白人至上主義」的なハーランの振る舞いに疑問を持ち、メキシコ人というマイノリティの側に着く。このことは前作『ダーティハリー』で凶悪事件の最中、突如新人指導をさせられるチコというマイノリティのメキシコ人とも無縁ではない。ダーティハリーとは文字通り、汚れ仕事専門の刑事であり、サンフランシスコ警察のお偉方はハリー・キャラハンの相棒に白人を付けることを良しとしない。つまりここでのチコの扱いは、ある種、犬死にも厭わない意図を同時に孕んでいる。それでも健気に任務を遂行するチコの姿に、ハリーはマイノリティへの見解を改める。この「白人至上主義」に根ざした社会体制に歯向かい、マイノリティに寄り添うイーストウッドの思いは後年、『ミリオンダラー・ベイビー』や『グラン・トリノ』でようやく結実する。今作でも当初、大地主ハーラン側に付いたジョー・キッドは、ルイス・チャーマに正当な法の裁きを受けるように求める。それは『奴らを高く吊るせ!』において、イーストウッド自身がブリス連邦保安官(ベン・ジョンソン)に正当な法の裁きを受けるように求められたこととも無縁ではない。法と自由の国アメリカでは全ての人種が公正に判断され、中立な裁きを受けるはずが現実はそうではない。国家権力の腐敗、法の限界に立ち現れる自警団たちの私刑の感情。またしても十字架と教会に設置されたハーランの野営団、そこからルイス・チャーマの娘(ステラ・ガルシア)を救い出し、繰り広げられる高低差のある銃撃戦は、赤と青のネオンに彩られた前作『ダーティハリー』の銃撃戦を彷彿とさせる。ラストの列車の到着を用いた名場面まで、ややピーク・アウトした西部劇の名匠ジョン・スタージェスの最後の輝きが泣かせる。

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