【第519回】『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(バディ・ヴァン・ホーン/1980)

 サンフランシスコのハイウェイを走る長距離トラックの運転手ファイロ・ベドー(クリント・イーストウッド)の車。幾つかに切り分けられた空撮ショット。そこにイーストウッドとなんとあのレイ・チャールズとのカントリー調のデュエット曲の調べ。市警察の白バイが並走してゆっくり走るところを、大型トラックがクラクションを鳴らし、警官たちを挑発する。やがてたどり着いた辺鄙なコンビナート。既にたくさんの人たちが集まっており、主役の到着を今か今かと待ち構えている。そこに満を持して、ベドー、オーヴィル・ボッグス(ジェフリー・ルイス)、チンパンジーのクライドを乗せたトラックが到着する。どうやら今日のストリート・ファイトの相手は、元海兵隊で無敵を誇ったツワモノらしい。オーヴィルの負けるぞという忠告にも耳を貸さず、ベドーとツワモノとの対戦が始まる。相手をダウンさせたところで、目の前で大写しになる観客の美女のグラマラスなバストの揺れ。その胸に目が眩んだベドーは一瞬の隙を突かれ、右ストレートでダウンを奪われる。一方その頃、チンパンジーのクライドはストリート・ファイトに夢中になる観客たちを尻目に、パトカーの運転席へと向かい、用を足す。試合は今日もベドーが勝ち、警察は元金を取り返すどころか、有り金全てを持って行かれる。失意の中、パトカーのドアを開けた瞬間、こんもりと乗った猿の野糞。勝負に負けた男は、懲罰で死の谷(デスヴァレー)への転属を命令される。

80年当時、イーストウッド作品としては過去最高のヒットを記録した『ダーティ・ファイター』の続編。ファイロ・ベドー、オーヴィル・ボッグス、チンパンジーのクライドの友情はそのままに、前作でこっ酷く振られることとなったファム・ファタールのリン・ハルゼイ=テイラー(ソンドラ・ロック)が再びベドーの前に現れ、主人公を誘惑する。だが今作のリンの造形は前作ほどの魔性の女ではない。プロモーターの男とは離れ、純粋にカントリー・シンガーとしてドサ回りをするリンの姿に、ベドーは満更でもない様子を見せる。前作でオーヴィルの運命の女として登場したエコー(ビヴァリー・ダンジェロ)との恋は既に終わっている。サンフランシスコ全土のストリート・ファイトで、未だ無敗を誇るベドーの相棒として駆けずり回り、幸福を謳歌するオーヴィルに対し、ベドーがストリート・ファイトを辞めると宣言することから今作は幕を開ける。まだリンと再会する前、ボッグス母子に新しい車でも買ってやりたいと願うベドーは、安易に裏組織のボスの仕組んだストリート・ファイトのオファーを、前金に目が眩んで引き受けてしまう。リンとの再会の後、本気で将来のことを考え始めたベドーは裏組織のボスのマネージャーに対し、断りを入れるが、ビッグ・マネーが飛び交うストリート・ファイトの契約を反故にしようとするベドーに対し、裏社会はリン・ハルゼイ=テイラーを人質に取り、ベドーに何が何でも賭け試合をやらせようとするのである。

チンパンジーであるクライドのやりたい放題の描写、オーヴィルの母親ママ・ボッグス(ルース・ゴードン)の自動車免許取得の後日譚などが含まれる展開は、前作以上にコメディとしての味わいを残す。特に中盤のピンク・クラウド・モーテル(何て名前!!)での抱腹絶倒の色気じみたやりとりは、イーストウッドのフィルモグラフィの後にも先にもこれ以外にはない。前作以上に戯画化するバイカー集団ブラック・ウィドーの面々とのやりとりもパワー・アップしているが、その代わりオーヴィルとの友情はかなり後退している。イーストウッドはむしろオーヴィルとの友情よりも、最大のライバルであるジャック・ウィルソン(ウィリアム・スミス)とのやりとりに特化している。一緒に朝の日課のジョギングをする際に起きる突発的な事故、カントリーの生演奏が流れる馴染みの酒場での乱闘シーンなど、ジャック・ウィルソンは裏社会の因習に囚われず、ただ強い男に対する興味だけで生きている。その裏社会のボス、ジェームズ・ビークマンを演じたハリー・ガーディノは、『ダーティハリー』シリーズにおけるハリー・キャラハン刑事の上司であり、キャラハンを支えるアル・ブレスラー警部補として広く知られている。ここでは警察ではなく裏社会のフィクサーとして、ストリート・ファイターたちの生と死を食い物にする権力側の人間として造形される。その汚い手口、アメリカ全土の金持ちの好色家たちを束ねる組織力に対し、ベドーとジャックが精一杯の抵抗を試みるクライマックスの路上での拳と拳のぶつかり合いが素晴らしい。見る見るうちに膨れ上がる観衆、途中、小休止を入れて互いにビールを呑み合いながらのストリート・ファイトの描写はまるでジョン・フォード『静かなる男』へオマージュを捧げているかのようである。

途中、登場するファッツ・ドミノの熱演は涙なしには見ることが出来ない。それ以外にもグレン・キャンベルやジーン・ワトソン、ジョニー・ダンカンなど、当時のカントリーの第一線のシンガーたちを揃えた劇伴が実に素晴らしい余韻を醸し出す。監督には長年、イーストウッド組のスタント・コーディネーターを務めたバディ・ヴァン・ホーンが指名されている。マイケル・チミノ、ジェームズ・ファーゴに続く、イーストウッドの3番弟子として突如シーンの最前線に登場した男は、『荒野のストレンジャー』で主人公のストレンジャーの分身となる弟を演じたあの男である。あるいは『ダーティハリー』のクライマックス、ハイウェイにかかる橋の上から、黄色いスクール・バスに飛び移るロング・ショットのスタントを熱演した人物と言えばわかっていただけるだろうか?ハリウッド屈指のスーパー・スターであり、「マルパソ・カンパニー」を率いる社長でもあるイーストウッドにとって、80年代初頭から自らの監督作と主演作とを明確に分けるラインが徐々に顔を出し始める。1人立ちしたマイケル・チミノや、失礼な言動から絶縁した助監督であるジェームズ・ファーゴに代わり、良くも悪くもこのバディ・ヴァン・ホーンは、イーストウッド自身が監督するまでもない作品群を任されていく。今作を含め、『ダーティハリー』シリーズのファイナルとなった『ダーティハリー5』、あるいは『ピンク・キャデラック』などの肩の力の抜けた作品群をバディ・ヴァン・ホーンに任せ、自らは『ブロンコ・ビリー』、『センチメンタル・アドベンチャー』、『ペイルライダー』、『許されざる者』などの野心作を連発する。イーストウッドにとってバディ・ヴァン・ホーンとは、取るに足らないライトな作品をヒットに導く手腕を期待された。バディ・ヴァン・ホーンも尊敬するイーストウッドの想いに応え、ヒットを量産する。『荒野のストレンジャー』でのコインの裏表の関係が80年代、イーストウッドの更なる活躍を下支えしたのは間違いない。バディ・ヴァン・ホーンこそが、イーストウッドにとって最高の弟子だったのである。

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