【第304回】『M:i:III』(J・J・エイブラムス/2006)
スパイを引退したイーサン・ハント(トム・クルーズ)は、婚約者のジュリア(ミシェル・モナハン)と幸せな日々を過ごしていた。新人スパイの教育に当っていたイーサンだが、教え子リンジーが誘拐されたことを知らされ、その救出作戦に参加する。しかし救出に成功したと思ったのも束の間、リンジーは頭に仕掛けられた爆弾で死んでしまった。その後、一連の事件の裏に闇商人デイヴィアン(フィリップ・シーモア・ホフマン)がいることを知ったイーサンのチームは、デイヴィアンを逮捕すべく、バチカンへと向かった。
ブライアン・デ・パーマ、ジョン・ウーと続いた人気シリーズ三作目。そしてJ・J・エイブラムスの記念すべき銀幕デビュー作でもある。TVプロデューサーだった父の影響で、幼い頃から映画業界に憧れていたJ・J・エイブラムスは当初はテレビ業界に進出。『フェリシティの青春』、『エイリアス』や『LOST』等の製作総指揮(時には監督業も)を務めた。その『エイリアス』の大ファンだったトム・クルーズが今作の監督にJ・J・エイブラムスを抜擢し、念願だった銀幕デビューの夢が叶うことになる。
これはあくまで個人的な好みの問題になるが、このシリーズは今作がきっかけとなり上昇気流に乗ったと言っても過言ではない。1と2に漂うこれは『スパイ大作戦』ではないというオールド・ファンの拒否反応は相当強かったようで、事実、映画の現場に続編の監督に立候補する者がいなかったらしく、J・J・エイブラムスの登板になったようだ。前2作の脚本がスパイとはまったく関係ない男の強さを求める劇画的世界観だったのに対し、今作では既にスパイを引退し、幸せな家庭を築こうとしている等身大のイーサン・ハントを描こうとしていることに好感を持った。突如登場した婚約者のミシェル・モナハンとの恋の行方もそうだが、何より前作まででロバート・タウンが一向に描こうとしなかったイーサン・ハントという人物の真の姿に目を向け、一度現実的な視点からアクションを組み直した方法論が吉と出ている。
バチカンで見事デイヴィアンを捕らえたイーサンたちだったが、帰国後、襲撃を受ける。リンジーが遺したマイクロドットには、上官のブラッセルが、デイヴィアンと通じているという秘密が語られていた。奇襲を受けたイーサンたちは、結局デイヴィアンを奪われてしまう。イーサンに恨みを抱くデイヴィアンは、ジュリアを誘拐し、機密物質「ラビットフット」を48時間以内に探し出さないとジュリアを殺すと脅迫してきた。
フィリップ・シーモア・ホフマン扮するデイヴィアンの挑発に乗り、突如サディスティックな行動に出るなど、今作での主人公ぶりはこれまでにも増して危なっかしい。あの飛行機内の場面は、ルーサーの説得によりこと無きを得るが、一番の理由はデイヴィアンを生かしておかなければならない映画的な物語的な理由があったということである。やがて橋の上で襲撃され、真っ二つに割れた剥き出しのコンクリートの上で、ヘリコプターから狙われる絶体絶命の状態になるのだが、唖然とするのは彼が必死で取ろうとしているのは、最愛の妻でも機密物質「ラビットフット」でもましてや仲間でもなく、「武器」だというのだからその大胆な脚本には恐れ入る。ここら辺にアクションが不得手であった若き日のJ・J・エイブラムスの弱点が如実に伺える。
当初は頭に爆弾を仕掛けられたリンジーの復讐として戦線に復帰したイーサンだったが、遂に愛する妻を誘拐される段階になって、スパイとしての任務以上に、人と人の関係性に向き合った脚本は、次第に熱を帯び始める。映画の冒頭で繰り広げられた拷問シーンがここでは繰り返され、絶体絶命の危機に陥りながら、あっと驚く黒幕が正体を現す。前半のバチカン脱出作戦の拍子抜けするような神業的成功例はともかくとしても、中盤の橋の爆破に始まり、ワイヤーを使った高さのあるアクションは緊迫する。野球ボールを使用した馬鹿馬鹿しいトリックの場面は、中国人が猛烈に怒りそうだが 笑、クライマックスへと向かう物語の根幹には、あくまで最愛の婚約者ジュリアがいるのである。
問題はもう少しフィリップ・シーモア・ホフマンの悪役の背景を突き詰めた描写が出来なかったのかということと、彼の死に方に尽きる。随分呆気ない死に方もそうだが、そこでのショットの繋ぎが、飛んでいく靴しか描かないことこそ、活劇が不得手であったJ・J・エイブラムスの致命的なミスであり、消したい過去に違いない。そもそものショット構成のマテリアルはトニスコ組だったダニエル・ミンデルによるものであるが、クローズ・アップ中心で素晴らしいロング・ショットがほとんどない画面構成を選択したのは、最終決定権を持ったJ・J・エイブラムスであろう。冒頭の椅子に縛り付けられたイーサンとジュリアのショットの繋ぎのカメラワークの微妙な揺れは、その後もありとあらゆる場面で馬鹿の一つ覚えのように実践されていく。ショットの選択肢の少なさがありありと滲むのである。
そのように映画原理主義者から見ればあり得ないショット構成ではあるものの、『スパイ大作戦』の根幹であるスパイ活動に立ち返りながら、イーサン・ハントのルーツや恋の行方まで描いてしまった至れり尽くせりの筋立ては決して悪くない。それどころか今作では初めてJ・J・エイブラムスの盟友であるベンジャミン・"ベンジー"・ダンことサイモン・ペグが登場するのである。『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』では遂に主人公であるイーサン以上に目立つことになるベンジーを本シリーズに生み出したことはあまりにも大きい。ラスト・シーンのトム・クルーズとローレンス・フィッシュバーンの会話のやりとりなど、J・J・エイブラムスはオフィスでの会話のやりとりがすこぶる巧い。このあたりもテレビドラマ出身者の描く人間ドラマは、映画出身者とは一味も二味も違うのだと実感した。
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