【第643回】『ブルー・ジーンズ』(ジャック・ロジエ/1958)

 フランスは夏のヴァカンスの季節、カンヌの海岸通りをお揃いのヴェスパで疾走する2人組の男、Tシャツにジーンズ姿のルネ(ルネ・フェロ)とダニー(フランシス・ド・ペレッティ)は今日も海岸線で好みの女性を見つけようとしている。こちら側に走って来るスクーターを正面から据えたカメラ、ルネは時に自転車のようにバイクを漕ぐ仕草を見せたり、お茶目な表情を見せる。海岸線に停車し、スクーターから降りた2人は、若い女の子2人が中年男性に群がるのを目撃する。場面は市街地へ移動し、通りを歩く一般の人々へのナンパをカメラで切り取るジャック・ロジエの瑞々しいアイデア。突然声をかけられた素人の女性は当然ながら困惑している。何人に声を掛けても、女の子たちはなかなか振り向いてくれない。そんな中でこちらを警戒しながらも、満更でもない様子の2人組の女の子を見つける。海岸沿いを歩く4人の光景をカメラはごく自然に長回しで撮る。女の子の足をスクーターが軽く踏み、その子の靴が脱げる。そんな何気ない風景を据えたショットの積み重ねがが心底愛おしく見える。即興の天才たるジャック・ロジエの面目躍如と言える名場面だ。

 ヴァカンス気分に浮かれた少年たちは、美しい少女に出会う。今作は一夏の「ボーイ・ミーツ・ガール」な出会いと別れの物語に他ならない。ある日ビキニの女の子たちをスクーターの後部座席に乗せ、ドライブに連れ出すが彼女たちと遊ぶお金がない。借金のカタで仕方なくスタンドにヴェスパ1台を残した少年少女は、1台のヴェスパに4人乗りするという荒技をも見せる。山に囲まれた道路を左右に少し不安定にフラフラしながら、4人の危険な運動をロング・ショットで切り取るジャック・ロジエの神業的演出が冴える。その光景は『アデュー・フィリピーヌ』同様にまさに「限りある青春」を体現している。女の子たちはビキニの裾から、小麦色の肌が覗く。少年たちはシンプルな白Tシャツにジーンズ姿という地味なコスチュームで決める。車もなく、親に避暑地に連れて行ってもらえず、お金もないが時間だけは持て余しているのが、ワーキング・クラスの子供たちの現実である。良い雰囲気になった少年少女は、特にあてもないまま、砂浜の上でイチャイチャ横になっている。そのすぐ側にブルジョワジーの家族連れが座るショットを次々に積み重ね、やがて彼ら2人だけになる独特のリズムと余韻。詩情溢れる名場面だが、残酷にも一夏の思い出は過ぎ去ろうとしている。

 今作は過ぎ去ってゆく時間にまつわる物語を、独特のスピード感を持って紡いでゆく。台詞は美しいカンヌの海と容赦なく降り注ぐ真夏の太陽に溶け、ヴェスパの上でバタバタし、森の中を走り回り、砂の上に寝そべり、カーラジオから流れる軽快なJAZZのリズムに乗せ、ダンスを踊った若者の闊達な動きだけがやけに心に残る。だが幸せに満ちた瞬間はそう長くは続かない。少女たちの思いは、時に少年たちにとってほろ苦い青春の思い出となる。ジャン・ルノワールの『フレンチ・カンカン』に撮影助手として参加したロジエは、その現場でロケーション撮影の即興演出を目の当たりにしたはずである。カンヌの海岸線、アンティーヴ通りを走る彼らの青春の日々を、ロジエは細かく演出することなく、即興で撮ることで彼らのモーションもエモーションさえもフィルムに焼き付けることに成功している。今作はトゥール短編映画祭で上映されたが、一目見て絶賛したのは若き日のジャン=リュック・ゴダールであった。『勝手にしやがれ』の製作を担当したジョルジュ・ド・ボールガールをロジエに紹介したことが縁となり、後に傑作『アデュー・フィリピーヌ』が産み落とされることになる。

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