【第562回】『星を追う子ども』(新海誠/2011)

 小高い山を望む美しい自然の残る小さな集落、学級委員長で成績優秀な小学生・明日菜(声=金元寿子)は、母と二人で暮らしていた。家に戻ればお線香を立てて、父親の遺影に手を合わせる。幼い頃に父を亡くしたアスナは、仕事で家を空けがちな母に代わって家事全般をしながら、空いた時間に近くの山の頂に作った自作の秘密基地で、父の形見である石をダイオード代わりに使い、鉱石ラジオを聞いて、遠い世界に想いを馳せていた。彼女にとっては、同級生のユミと猫のミミだけが唯一の遊び相手だった。ある日秘密基地へ向かう途中、線路の上で見たこともない怪獣に襲われたところを、「アガルタ」から来たという少年・シュン(声=入野自由)に助けられる。翌日、アスナが作った秘密基地で再会し、怪獣に襲われた腕のキズの状態を見るアスナ。その姿に優しく微笑みかけるシュン。仲良くなった二人は一瞬のキスの余韻を残し、翌日また会う約束をする。大雨の降る田舎の静寂。一瞬「クラヴィス(clavis)」が鈍い光を放ち、暗闇の中へと消えていく。翌日アスナは信じられないような話を母親から聞かされる。

『秒速5センチメートル』に続く、新海誠の4年ぶりとなる第5作目の監督作品。『彼女と彼女の猫 -Everything Flows』同様に、今作のヒロインであるアスナも父親の不在を抱えている。母親は彼女を育てるために夜勤の看護師として働く一方、思春期の一番大事な時期である娘のアスナとはなかなかコミュ二ケーションが取れない。アスナは小学校高学年の年頃ながら、炊事・洗濯・掃除など家事全般をこなし、傍らには猫がいる。精神的に自立した少女は父親の形見の品である水色の鉱石で空と交信を図る。『ほしのこえ』や『雲のむこう、約束の場所』同様に、登場人物たちはことあるごとに空を見つめ、思案に暮れる。時には思いの丈をぶつけながら、キミ=少女とボク=少年は別の「距離・速度・時間」の中で同じ空を見つめている。身重になった担任の先生の代わりに、アスナのクラスには二学期になって新しい教師である森崎先生(声=井上和彦)がやって来る。実はアガルタの秘密を探る組織・アルカンジェリに所属し、階級は中佐であるモリサキの登場は、シュンの絶命と入れ子構造になり、ヒロインであるアスナの前に立ち現れる。『古事記』に出て来るいざなぎの黄泉の扉の話を意味ありげに話すミステリアスなモリサキの姿に、ヒロインは亡き父親の像を重ね合わせている。

部屋の扉を開けた瞬間、世界の危機が突如ヒロインに降りかかった『ほしのこえ』や『雲のむこう、約束の場所』同様に、前半部分の淡々としたアスナの日常は異空間の出現で180度様変わりする。だが『ほしのこえ』の何万光年も離れた宇宙空間でも『雲のむこう、約束の場所』のシンボリックなユニオンの塔でもなく、彼女は自分たちが普段生活している環境の下に、地上世界とは別のアガルタへの入り口を見つける。こうして異世界から地球にやって来た少年と、一貫して父親の不在を克服出来ていない少女、10年前の妻の死を受け入れることが出来ない教師とがこちらの世界とあちらの世界の境界線を彷徨う。今作は新海が初めて「セカイ系」の物語を脱し、ここではないどこかで死を受け入れる登場人物たちの在りようを映し出す。闇に棲む「夷族(イゾク)」やケツァルトルからヒロインを守るシュンとソックリな弟シン(声=入野自由)の描写には、これまであえて接近を避けてきた宮崎駿とジブリ・アニメの強い影響が感じ取れる。ただ2時間弱の物語を語る新海誠の視点はいつも以上に混乱しているのは否めない。キミとボクの住む世界に対し、登場人物が増えれば増えるほど、登場人物たちを生き生きと動かす装置が必要になって来る。前作『秒速5センチメートル』もSF描写を極端に省いた内容が印象に残っているが、今作でもSFよりもファンタジー世界に没入するヒロインの姿が印象に残る。

#新海誠 #金元寿子

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