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「傘買って店出た後、晴れてたら面白くない?」
「うわ、フラグ回収しちゃったね」

そうやって笑っていた日々を懐かしく感じる。私が人生最大に好きだった人との会話だ。

彼とはバイト先で出会った。男性が嫌いな私は彼とほとんど話していなかった。誰にでも優しい人だということを聞いていたため、いい人なんだろうなとも思いつつ自分の中の壁を壊すことができていなかった。

ある日、いつも一緒に帰っている同期が体調不良になりバイトに来ておらず、彼と帰る時間が偶然重なった。気まずさを打破するべく話しかけようとするが口が開かない。
そんなとき彼が「ほかの人と話すときはうるさいのに、実は静かなんだね」と言った。なんだか見抜かれたと思った。そこから帰り道が楽しかったと思えるくらいには緊張もほぐれていた。彼は私の壁をふやかしてくれた。

帰った後、彼から連絡がきた。その日から頻繁に連絡を取り始めた。私がうつ病だったため、薬の副作用で激しい吐き気悪夢、頭痛が止まらず、毎日電話をして心配してくれた。そんな彼を好きになることに時間はかからなかった。私の中の壁はどんどん削られて壊されそうだった。

彼と出かける予定の一週間前、本当に忙しくその日がなかったら頑張れなさそうというほどに疲れていた。

前日、「明日雨らしいよ、それも結構な雨だって。明日出かけるのやめとく?」

うわ、と思った。雨に邪魔されるデートは初めてだった。本当に疲れているときは判断能力が鈍る。

「私と出かけたくなくて、雨を理由にしてるでしょ。わかった」

無意識に言っていた。低気圧に弱い私を心配してくれていることはわかっていた。忙しいことを知っていたはずなのに、どうして。どうして。悲観的な考え方にしかならなかった。私の壁はどんどん修復されていた。

仲直りをした。しかし、彼の他の女性に対する態度が優しさ以上のものに見えることや、私への対応が前よりもぞんざいになっていると感じ取った。友人にそのことを話すと、絶対に別れたほうがいいと言った。友人に話せば話すほど彼への嫌悪感が募っていった。
優しい彼は別れを切り出せずにいるだけだと思い、自ら彼に別れを告げた。未練が残ったまま。別れた日にバイトの集まりがあることは誤算だったが。

一番離れた席に座った。目も合わせなかった。気まずかった。早めに帰った。耐えられなくなりしゃがみこんでしまった。どうしてだろう、視界がぼやけている。あー。疲れているからか。土が何だか湿り始めていることを雨のせいにしたいのは、私が強がりな証拠なのだろう。空には星空が広がっているのに。
                  text/Jhn 

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