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軽井沢の雨

中学三年生の時に父が亡くなるまで、3日以上の休みの日は必ず軽井沢の家で過ごしていた。

テレビもないし、電波も悪く、道まで出るかロフトに上がらなければ携帯電話も通じない。
テラスに出したテーブルで朝ごはんを食べるのは気持ちが良かったし、はとこ一家が一緒の時には、夜にバーベキューをする事もあって、そんな時は楽しかったけれど、家族だけの時は基本的に退屈だった。
休みの度に友達が色々な場所に旅行に出かけているのを、いつも羨ましく思っていた。

軽井沢の家というと優雅に聞こえるかもしれないが、実態は優雅からは程遠い。曾祖父が建てた古い家だから、あちこちガタがきていて、行く度に何処かが壊れている。テラスの床が抜け落ちていた事もあれば、壁にキツツキが穴を開けていた事もある。

一番困ったのは雨漏りだった。天井のしみで雨漏りをしている事は分かっても、勾配があるから屋根のどこから雨が入っているかがよく分からない。バケツの中に雑巾を敷いて、しみの真下に置いて応急措置をし、雨が止んだらすぐさま屋根に上がって、水を入れたやかんを片手に、雨漏りの原因となっている場所を特定して修理するのだ。

「別荘暮らしって、もっと優雅なものだと思っていたよ」

母と結婚したことで自分名義になってしまった手のかかる古い家に、何のかんのと文句を付けつつも、手先が器用で細かな作業が得意な父は、手がかかるからこそ愛着を感じているようだった。

軽井沢の雨は優しい。風が出てきて霧が渦を巻き、あ、そろそろ降るなと思っていると、パタパタと葉を打つ柔らかな音がして、やがてそれはサ―ッという音に代わり、周りの緑がどんどん鮮やかになっていく。その音をぼんやりと耳にしながら、のんびり読書をするのは心安らぐ時間だった。

父が亡くなった後、会社の支給スマホはパスワードが分からず、中身を確認できないまま会社に返却したが、1ケ月位してから「プライベートな物が入っていたようですので」と、それだけを抜き出したデータが送られてきた。
私と母の写真と一緒に、音だけのデータもあった。「音声が入っていないので、もしかしたら、間違えて録音してしまった物かもしれません」ということだったけれど、私達にはすぐ分かった。

カサカサカサという音。そしてパタパタ、サーッという音。風が出てきて空の高いところで小枝を揺すり、木の葉が触れ合っている音。雨がやさしく庭木を濡らしている音。
雨の日の軽井沢の庭の音だった。 
                  text/紗々

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