語彙感染
本当は他に書きたいことがあったのですが、なんとなくやめました。
連日、大変な騒ぎです。
多くのイベントが中止になり、学校の閉鎖も急に発表されました。
会社は休みにならないのに学校だけ休みになるところに、経済の都合とはまた別の、学校の特質を見ることができます。
やっぱり学校は他の何をも差し置いて「多くの人間をひとところに閉じ込めておく場所」なのです。
それはさておき、世界中で猛威を振るうコロナウイルスの怖さはその感染力だけでなく他にもあります。
それはその “圧倒的な言いやすさ” です。
欧米などでは、アジア人が軽々しく CORONA と呼ばれて差別される事例があるようです。
これが「七味唐辛子ウイルス」みたいな名前だったら話は違ったかもしれない。
この異常事態に「まるで震災のときのようだ」といった声も耳にします。
ただ、「3.11」、「東日本大震災」、これとも比べ物にならないくらい、「コロナ」は言いやすく、口を開けばぽろっと出てきてしまいます。
もちろん、ウイルスは警戒しないといけません。
適度に気を付け、また、社会の在り方なども適度に批判するべきでしょう。
でも一日の終わりにこう考えてみてほしいんです。
「今日何回、 “コロナ” って耳にしたかな?」
「何回自分で “コロナ” って口にしたかな?」
人と会うとつい「コロナが…」と言いたくもなるでしょう。
でも、わかってます。みんな知ってます。
怯える人はすでに対策し、惑わぬ人はいつも毅然としています。
現実世界で蔓延っているのだとしても、言葉の世界でまで流行らせる必要はありません。
だからもっと、他の話もしましょう。
感染者数以外の、昨日と今日の違いに目を向けましょう。
頭の中まで感染してしまわぬよう。
手洗いと、心のうがいも忘れずに。
(志村)
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