見出し画像

現役読者とかつての読者に捧げる青い鳥文庫『弱肉強食オンライン』レビュー


生きるか、死ぬか。ゲームの中は戦場―――。

中学2年生のアツシは、ある日オンラインゲームの世界に閉じこめられてしまった。
元の世界への戻り方がまったくわからず、途方にくれる。
唯一の救いは音信不通になっていた親友のタケルと、ゲームの中で再会できたこと。
プレイヤ―どうしが、お互いの所持金を奪いあ弱肉強食のバトルがくりひろげられる中、アツシとタケルは生きのびることができるのか?
(『講談社BOOKクラブ』あらすじより引用)


はじめに

 私が青い鳥文庫現役読者だったのはもう10年近く前のことである。最近は長年ファンをやっている作者の新刊をピンポイントで追うくらいで、レーベルの公式アカウントはフォローしつつ読み手としては遠ざかっていた。そんな私が今回発売ホヤホヤの『弱肉強食オンライン』を手に取ったのは作者であるしもっち先生の↓のツイートを見たのがきっかけである。

「私の作風が『異端』すぎるあまりに、周りの作品との食い合わせが悪いということで、短編集の出版は難航しました」

どんな短編だよ……

 ここまで書かれて興味を持たないわけにはいかないだろう。
 長編に手を出す前に同作者の短編で適性を見極める、というよくあるパターンの逆転現象が起きてしまったが、とにかく期待を抱いて大人しく長編の発売日を待ち、その向こうにある短編を心待ちにしていたわけである。

 しかしいざ『弱肉強食オンライン』を読み進めていくと、そんな胡乱な事前情報は頭の中から吹き飛んでいた。


シンプルに、純粋に、ひとつの物語として面白かったからである。


 丁寧な世界観の説明、それを冗長に感じさせないコミカルかつさらっとした文体、主人公のストレートな心理描写、ハイテンションな能力バトル、仲間との絆、残酷な試練、そして友情……
 もう大人に片足踏み込んでしまった自分にも、現役読者だった頃の熱い気持ちを思い出させてくれるパワーを持った作品だった。

 作者も言及しているが、児童文庫はターゲット層の関係上「宣伝をきっかけにネットで話題になる」機会が極めて少ない。
 しかし(少なくとも私にとって)児童書とは「子供も大人も等しく手に取って楽しめる」存在である。
 だからこそ、かつて子どもであり今もその頃の琴線が失われていない不特定多数に向けてこの『弱肉強食オンライン』の良さを布教したいと考え、今回この記事を書くに至った。
 単純に面白かったという気持ちを同志と共有したいのもあるし、この記事が少しでも人気に貢献できれば身近に子供がいる大人、ひいてはより多くの子供の目に留まる可能性も上がるのではないかと思う。そういった幸福のスパイラルの礎となれれば幸いである。

 前置きが長くなってしまったので、この『弱肉強食オンライン』の魅力をかいつまんで(致命的なネタバレは極力避けて)説明していこう。


舞台設定

 本作の舞台は大半がゲーム世界の中。具体的にはMMORPGとよばれる、全プレイヤーがひとつの世界を共有して遊ぶRPG型のオンラインゲームである。
 じゃあゲームに詳しくないと難しいの?と思われるかもしれないが全くそんなことはない。本編は主人公が親友にゲームの設定を教えるところから始まり、そこでアバター(ゲーム内での分身)作成やゲームの概要、用語説明、どのようなプレイスタイルがあるかなどを丁寧に詳細に説明してもらえるとても優しい設計。
 はじめにオンラインゲームとしての楽しさ、そしてゲームの外の平和な日常の描写があるからこそ、ゲームの世界に閉じ込められたときの違和と理不尽が際立つつくりになっている。

主人公アツシ

 物語で大事なのはなんといっても主人公のキャラクターである。
 本作の主人公・アツシは勉強が苦手で運動神経は抜群、正反対の親友・タケルを想いやる気さくな性格というストレートなキャラ造形。しかし彼の真の魅力はゲーム世界に囚われた先で思いもかけない裏切りに遭い、追い詰められてから発揮される。
 失意の底からなんとか這いあがり、元の世界に戻るため地道にレベル上げの修行を続け、同じく元の世界に帰りたい仲間のために力を尽くし、その仲間が傷つけられたら打開策を必死に考え、割り切れない思いも飲み込んで存分に戦う。
 この作品ではゲーム世界を根底とする故の残酷な「生死」のシステムと、そのシステムに便乗するプレイヤーの醜悪さも妥協せずにはっきりと書かれており、そこに作者のこだわりを感じるが、どんなに殺伐とした世界観の中でも本来の心根の優しさを失わないアツシのまっすぐさが光っている。
 1巻の終わり時点でもアツシの傷は癒えず、さらなる試練が待ち構えるヒキとなっているが、その頃にはすっかり一読者としてアツシを応援し、再び笑顔を取り戻すことを願わずにいられなくなっている。

「弱肉強食だってんなら……まずは俺を食らってみろよ!」


バトル描写

 ファンタジーといえば欠かせない、能力やアイテムを駆使したバトルシーン。
 本作でも1巻最大のヤマ場であるアツシとタケルの共闘に至るまで、序盤の簡単なモンスター狩りや、中盤のレベル上げ特訓など、さまざまな場面で能力バトルが繰り広げられる。
 幼心(据え置き)には「癒しの杖」「強欲のナイフ」等のワードだけでテンションが上がってしまうが、初心者のために設定を凝り固め過ぎず「自分の武器と仲間の武器の特徴を頭に入れて戦う」というチームプレイの鉄則を読者に提示したうえでテンポよくバトルが進むのも本作の強みである。
 個人的に「初登場時はさらっと一文で流された技がボス戦で重要な役割を果たす」というバトルものの王道展開をやってくれたのが好感触でした。


タケルとの友情

 本作における主人公・アツシの命題は「弱肉強食のゲーム世界で生き延び、元の世界へ帰還できるのか」だが、その命題を語る上で避けては通れないのが親友・タケルの存在である。
 かつてはアツシの誘いでオンラインゲームにのめり込んだタケル。しかし事故によって半身不随となり、アツシと現実で疎遠になってからはより一層ゲームの世界を己の居場所だと認識するようになっていく。そんな彼とアツシの間で「ゲームから現実に戻る」ことの重みは決定的に異なるものであり、タケルのとある行動を受けてアツシも迷い揺れることとなる。
 本作は全てアツシ視点の一人称で語られており現時点でタケルの心情を完全に読み解くことはできないが、今も昔も変わらずタケルがアツシを「親友」として特別に想っていることは間違いない(そこが恐ろしくもあるのだが……)。
 アツシとタケルの友情がどのような着地点を迎えるのかも『弱肉強食オンライン』の重要なテーマ、裏命題と言えるだろう。

「いいや、アツシは無様なんかじゃない。誰かのために必死で戦っている、世界で一番かっこいい親友だ。」


おわりに

 長々と語ってきたが、まずはこちらの試し読みを読んでいただくのが一番だと思う。山田一喜先生の挿絵もゲーム世界がかっこよく&かわいく再現されていて素敵だ。

http://aoitori.kodansha.co.jp/book/2021/11/10.html 

初めにも触れたが、今回『弱肉強食オンライン』を読んだことで久々に新鮮な青い鳥文庫読者の気分を味わえたこと、他の児童文庫作品もまた開拓してみようと思えたこと、そして一読書家として続きが気になる物語に巡り合えたことを心から嬉しく思っている(2巻以降に収録されるらしい幻の短編も引き続き楽しみである)。
 そしてこの記事を読んだ皆様方にも同じ幸せを味わって貰えたならこれ以上のことはない。

 ……というわけで、ここまで読んでくださってありがとうございました。しもっち先生直々の宣伝文句を貼って〆にしたいと思います。


「あの『若おかみは小学生!』の作者も大絶賛!」






※Twitterのリンクに関しては↓の「Ⅱ-2他人のホームページにリンクを張る場合の法律上の問題点」から判断して貼り付けておりますが、問題があればご連絡ください。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?