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大人、子ども、そのどちらでもない全ての人々に捧げる『SANDA』レビュー


俺の青春に 真っ白な呪いがかかった

これは少し未来のお話。超少子化が進み、様々な風習が失われた近未来。
大黒愛護学園に通う普通の少年、三田は、なぜか同級生の冬村四織に命を狙われていた。
突如として振り下ろされる凶刃。
それには、行方不明になった冬村の友人と、三田が抱えている「とある呪い」に理由があって…!?
(秋田書店公式サイト あらすじより引用)


はじめに

 今回紹介する漫画『SANDA』は、週刊少年チャンピオンでかの有名な動物ヒューマンドラマ『BEASTARS』を連載していた板垣巴留先生の先月1巻が発売されたばかりの最新作である。

 『BEASTARS』の魅力といえば数知れないが、ひとつには「肉食獣と草食獣が共存する世界」という独自色の強い舞台設定でありながら、そこで大人になろうとする少年少女のもがき苦しむ様がヒトである私たちにも共感、あるいは無自覚の偏見を思い起こさせ、すぐ身近にあるものとして感情を揺さぶるキャラクター造形の巧みさがあったと考えている。

ビースターズ

 どれほどの非日常を描いても読者を置いてきぼりにせず、痛みや喜びを共有させる。複雑なようでシンプルな、それだけに険しい作劇の極意が『BEASTARS』からは伝わってくる。

 といっても本記事の本題は『BEASTARS』ではなく『SANDA』である。冒頭で示したあらすじのとおり、近未来という要素はあるものの『SANDA』の登場キャラクターは基本的に人間。しかし先程まで述べていた「非日常の中にある普遍性」に重きを置いた作風は決して損なわれず、より研ぎ澄まされて新たな物語を構築している。

舞台設定

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 上の画像だけで説明が済みそうだが、舞台は超少子化時代の近未来。敬語は大人が子どもに使うもの、未成年の殺人行為は相手が成人なら無罪という法律があるくらい子どもが希少な存在とされている。

 この「超少子化」に伴い、子どもが主体となって賑わう年中行事の代表格・クリスマスが廃れていることが物語のキーとなっていく。


メインキャラクター

主人公その1:三田一重(さんだ かずしげ)

ビフォー

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アフター

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 ……ビフォーとアフターの間に具体的に何があったかは本篇を確認していただきたい。

 もとは愛嬌が取り柄?の平凡な中学生男子であり、女子に包丁片手に迫られても「俺のこと好きなんじゃね?」なんて発想に至るアh…思春期を謳歌していたが、自身に秘められた呪いの力によって強制的に平和な子ども時代と淡すぎる恋の終わりを迎えてしまった色々と哀れな主人公。彼が持つ子供を守るサンタクロースの呪いを発動させ親友を助けることを頼んできた少女の願いを叶えるため、不本意な姿となっても全力で奔走する。

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 今まで見えていた・守られてきた世界が一瞬にして塗り替わり、子どもの繊細さと大人の慈愛を両方抱えて生きる羽目になった三田の苦しみは、どこか他人事になれない切実さを感じさせる。


主人公その2:冬村四織(ふゆむら しおり)

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 三田の同級生女子にして彼の呪いを発動させた張本人。行方不明のまま死亡認定された親友・小野を捜索するため、子どものために力を発揮するというサンタクロースの呪いに賭ける。

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 基本的に無表情でクールな印象を与えがちだが、その実親友のためとなれば刃物を振り回したりクラス全員を人質にとって爆弾を仕掛けたりする行動力バリバリの激情家。その過激さ真摯さは三田を翻弄するが、同時に彼が覚悟を決めるきっかけともなる。

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 吊り橋効果的な恋心を抱いていた得体の知れない同級生が、呪いで大人の姿を手に入れることによって「助けを求める庇護すべき子ども」へと変貌した瞬間。

 この三田の心情の変化が、主人公二人の奇妙な協力関係を行く末もわからないまま後押しする起爆剤となっていく。


「大人」と「子ども」

 学園という閉鎖的な環境の中で行方不明者の手掛かりを探す主人公二人の姿は『BEASTARS』前半の展開にも通じるものがあるが、学園篇においては子どもである生徒同士が水面下での戦いを繰り広げていた前作と異なり、今作では大人が序盤からサスペンス展開の本筋にガッツリと食い込んでくる。

 教育者として子どもを支配下に置きたがる歪んだ大人、そしてサンタクロースを狩ろうとする謎の組織の存在も仄めかされ、抑圧する大人・抵抗する子どもの対立構造を両者の中間的存在である三田が掻き回していく。

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 希少な存在である子どもが徹底的な管理下に置かれた社会で少女・小野はなぜ消えたのか?

 三田と冬村は願いを果たせるのか?

 そして「サンタクロースの呪い」の全貌とは……?

 まだ物語は始まったばかりで謎は尽きないが、単純な二元論には収まりきらない「大人」と「子ども」の関係性がこれから主軸として描かれていくことは間違いない。

 そしてそれぞれの立場でもがく彼等の言動は、現時点でも読者に少なからず爪痕を残すだろう。

おわりに

 ここまで読んで興味を持ってくださった方には是非1話↓を試し読みしていただくことをおすすめする。ストーリーだけでなく躍動感に溢れたその画力も板垣巴留作品の魅力であり、言葉を尽くすよりまずは読んでいただくのが早い(レビュー書いといてアレだが)。

 また『BEASTARS』と本作の間にも先生は人間が主人公の漫画作品『ボタボタ』を発表されている。全1巻で完結しており、ブッ飛んだ設定と女性の生々しい苦悩が見事に融合した怪作なのでこちらも是非オススメしたい(少なからず流血描写があるのでご注意を)。

 最後になるが、この記事を読んで板垣巴留先生が紡ぐ新たな物語『SANDA』の行く先を見届けたい同好の士がひとりでも増えてくれたならこれ以上のことはない。

 

 ここまで読んでくださってありがとうございました。年は明けてしまいましたが、メリークリスマス!

「『SANDA』は大きい男と大きい女のお話です」(1巻カバー裏より)




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