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海辺の墓地

昨日、海外から帰国しました。

今回の主な行き先は、南仏だった。
南仏は初めてで、事前に何か関連する本でも読もうかと思ったが、結局ある詩を何度も読み返した。
ポール・ヴァレリーの「海辺の墓地」。
「海辺の墓地」は、日本では、堀辰雄がその一節を「風立ちぬ」と訳したことで知られている。ジブリの映画のタイトルにもなった。
詩のフランス語原文は検索すればいくらでも出てくる。邦訳は、鈴木信太郎訳がいいとも言われているようだが、下記のリンクが読みやすい気がするので(私はフランス語がわからないので恐縮ですが)、はっておきます。 http://rimbaud.kuniomonji.com/jp/etcetera/le_cimetiere_marin_jp.html

ヴァレリーは南仏のSète(セット、セートとも。電車のアナウンスではセエットという感じ。昔はCetteという綴りだったよう)という街に眠っている。そこはまさに海辺の墓地なのだ。
今回の行き先や時期を決めたのは昨年の秋のことだった。そのときには、ヴァレリーのこの詩を知っていたし、またSèteという街も訪れることを決めていた。

そんなふうに出張を決めて少したった頃の12月、お世話になっていた先生が急逝した。
突然のことで実感がわかず、今も実感しているのかどうか自分でもよくわかっていない。ショックのあまり実感がわかないというのではなく、本当に単に実感がわかない。

14年くらい前に作成した大学院の名簿を友人とみていて、今みると個人情報ただ漏れで時代だねなんて話しながら、それ以外の項目に目をやると、趣味や好きな場所、誰にも負けないと思うことなど記入する欄があった(作っていた)。
先生は、好きな場所に「海辺の墓地」と書かれていた。
それを見て、単純に素朴に驚いた。先生のことを考えると、おそらくその「海辺の墓地」は南仏の海辺の墓地であろうし、ヴァレリーの詩を念頭においたものだと感じた。
こんな巡り合わせは欲しくなかったが、偶然ながらも行くことが出来るのなら、どんなところか見てこようと思った。

Sèteでみた飛行機雲。

当日のSèteの天気は晴れたり曇ったりの風が強い日だった。小さいけれど、とにかく美しい街で、パリの人たちがバカンスに訪れる場所らしいが、納得。

駅からしばらく歩いてインフォメーションで街の地図をもらい、海辺の墓地とヴァレリー美術館まで歩く。Sèteは港町だからか、かもめ(多分)が多く、かもめが「カカカカカ」と鳴く(もちろん個体差がありますよ)。ある場所にいるかもめは、まるで笑っているように「カカカカカ」と鳴くので、こちらもつい笑ってしまった。

飛ぶかもめ(多分)

坂道をのぼって、海辺の墓地にほどなく到着する。

ここは、なんといったらいいのか、言葉にできないような、信じられないような嘘みたいなきれいなところだった。地中海を臨む墓地。地中海の、海の色。天気によって変わるのだろうが、この日は薄いグリーンにも見え、凪いでいた。

手前がヴァレリーの墓。

3月初旬には、先生を偲ぶ会が盛大に行われた。
私にとって、それは思っていた以上に心にくるもので、それは送る言葉を話した人たちの思いや思い出が意外なほど伝わってきたからだった。
先生の多面性がよくわかるエピソードや言葉がそこにあった。

「海辺の墓地」の一節、堀辰雄は「風立ちぬ」のあとを「いざ生きめやも」と訳した。
誤訳だという話もある。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/98436/88430/77265718

フランス語原文での該当箇所はこう。
il faut tenter de vivre
(Le vent se lève, il faut tenter de vivre: 風立ちぬ、いざ生きめやも)

さあ生きてみよう、
生きてみようとしなければならない、
生きていなければならない

という感じの訳になる。

先生は多面的な人だった。
偲ぶ会が終わったあとで、悪くいえばとっ散らかったキャリアだねと旧友と話した。
その多面性が磨かれて、様々なところから光が当たって、宝石のように輝いたのには生き続けていたからじゃないかと、色々な人たちの言葉を聞いて思った。先生の人生は決して長いとはいえないけれど。もちろん自身の努力や周りとの関係もあったと思うけど、それでもやっぱりある程度生きてきたから、その多面性が光輝いたのではないだろうか。
(だから本当はもっと生きていたほうがよかった)

私にとって本当に本当にめずらしいことだが、生きなければいけないなと思った。

よく友達と話すことだが、周りの生きていてほしいひとに元気でいてね、生きていてねと言うことがどれほど重要かと思う。
それと同時に自分を大切に思うひとに、自分が自分自身を大切にしていると伝えることも同じくらい大切なことなのだ。

Sèteは風が強い場所だった。

帰りの飛行機のなかで、『The Danish Girl(邦題:リリーのすべて)』、『ベイマックス』、『Beat per minute』など観た。
全部初見。
ベイマックスが思いのほか、喪失をめぐる物語だった。ラストはどう解釈したらいいのかな。
Beat per minuteは、3月下旬から日本でも公開だそうで、ミュージカル映画にもなっている『RENT』と合わせて観たい。
http://bpm-movie.jp/sp/

(三木)