独白

コロナで鬱になる人の気持ちが理解できそう。大阪で一日の感染者数が八百人を超えたニュースを見て、気持ちが沈んだ。同時に焦る。このまま予定していたことが全てまたダメになるのかと。追い詰められている。これが続くと体調を崩す。主に心の体調を。せっかく良くなったと思ったのに、結局繰り返すんだ。悪くなり、少し良くなり、悪くなり。何も変わらない。人は変わらない。大人になって身長が変わらないように、性格は強くなったりしない。弱い人間は弱いまま。頭の鈍い人間も鈍いまま。変えられるのは自分の居場所だけ。それも自分の好きなように変えられるものではない。選択肢は限られている。いい場所に居続けるには、それなりの実力が必要だが私にはそれがない。

諦めてはダメだ。やるべきことをやれ。前を向いて、歯を食いしばって耐え抜くしかない。それ以外に人生の難局を乗り越える方法があるのだろうか。私は幸運かもしれないが、苦痛を知らずに生きていけるほど幸運でない。けれど私の流す血にどれほどの価値があるのだろうか?時々、逃げたくなる。全ての連絡を断ち切って、どこかに行きたくなる。家にいたい。外の世界から離れて家の中にいたい。

今日は本当にしんどい。久々にしんどい。明日の朝を迎えるのが怖い。ダメだな。なんとなく午前中に落ち込むのは、精神が衰弱している証拠。散歩しろとか筋トレしろとか日光浴をしろとかサウナに入れとか、そんなことでこの気持ちから解放される訳ないだろう。私は別に上等でデリケートな人間な訳じゃない。ただただ退屈で弱い人間なんだよ。

明日はどうなるんだろう。みんな頭を使えというけど、使ってない訳じゃないんだ。全力で働かせても人の半分も動かない。せめて馬鹿みたいな勢いだけでもあれば。怖がりなんだ。何が怖いんだろう?今私は自分のことを怖がりと言った。けれど私が恐れているものは何なんだろう?

目の前を颯爽と通り過ぎて行く人たち。彼らは皆自信にあふれているように見える。洞窟の中で震えているのは自分だけみたいだ。教えてほしい、どうすればこの恐怖を消すことができるのか。頭を使え、頭を使え。色々な人がそれぞれ全く違う頭を持っている。私より不安を感じてどうにも動けない人はいるんだろう。それを想像しても自分が感じている不安の量が減ることはない。他人と比べることは無意味だ。自分を救えるのは自分自身しかいない。この不安も自分の心から生まれたものなのだから、私の肉の一部なのだ。内臓の動きを自分の意志でコントロールできないように、自分の心も自分の意志ではコントロールできない。心と意志は違うものということなのか?それは私の中の同じ場所にあるものではないのか?意志は心のただの一部分なのかもしれない。つまり自分の手で自分の体を押しているようなものなのか。それでは前に進むはずがない。やる気とか不安とか、幸福感とかそういうものの正体。自分の心をコントロールしようとすることは、鏡に映る自分に向かって話すことみたいなものかもしれない。自分で自分の背中を押してもどこにも行けない。不安や恐怖を乗り越えるためには、外側に掴むところが必要なんだ。そこを掴んで自分の引っ張り上げるんだ。

掴む場所、それは自分にとってなんだろうか?それを見つけなければ、私はこのまま沈んでいくだろう。これ以上悪くならない、なんて場所はない。悪い場所は底なしなんだ。やはりもがくしかない。苦しいからといってもがくのをやめてしまったら、一生不安や恐怖から抜け出すことはできない。動き続けるしかない。手足をばたつかせ続けるしかない。

昨日も今日も明日もない。毎日があるだけ。

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