『ゴールドシップが死んだあと、彼女が生前に書き記した「財宝の地図」を見つけた。それが示す先には何があるのだろう』(ウマ娘)

 ウマ娘の寿命が25年から30年と言われる中で、ゴールドシップはそれなりに長生きした方ではないかとトレーナーは思う。死に際ですら、「アタシと過ごせて楽しかったろ?」なんて図々しく口にするのだから、ゴルシは最期までゴルシだったと胸を張って語りたい。

 当時見知ったウマ娘のほとんどが姿を消した頃、トレーナーは今の仕事を辞める決意をした。周囲の人間に引き止められはしたが、最初に担当したゴールドシップが息を引き取ったことを皮切りに、この仕事はもうやり切ったという感覚が生まれたのだ。
 十年以上使い続けたトレーナー室は随分と散らかっていたが、次期トレーナーに迷惑をかける訳にはいかないと、早速片付けの作業に取り掛かる。これら全てを撤去せねばと思うと気が重くなるが、しかし全てがウマ娘たちとの思い出ともなれば、雑に扱うつもりにもなれなかった。

 一つ一つ大切にダンボール箱にしまい込んでいくと、その途中に、書物の山の中から、遥か昔に撮り溜めたゴールドシップの写真の束を見つけた。そこには皐月賞に菊花賞と、不沈艦と名を馳せた彼女の笑顔があった。彼女に撮れと命令されて撮った写真もあれば、自ら撮りたいと思って撮った写真もある。一枚一枚を捲る度、ただひたすらに懐かしく感じた。

 そんな写真の束の隙間から、ふと一枚の紙切れが落ちる。他の写真とはやや異なる紙質に違和感を覚えるが、トレーナーは取り敢えずとばかりにその紙へと手を伸ばし、その内容を確認した。

「……『財宝の地図』?なんだろう」

 それは経年劣化と共に黄ばんだ、一枚の地図だった。見覚えなどなく、もちろん自分で書いた記憶もない。しかしその地図には、脳をチラつかせる何かがあった。
 トレーナーは少し悩み、そして。

「ああ、これゴルシの文字だ」

 と、気づく。

 やけに質の良い紙で作られた市販の地図に、ゴルシの記した『財宝の地図』の文字。そしてとある一箇所には目立つバツ印が置かれ、そのすぐ横にはこれまた手書きで『ゴルシ島』と書かれていた。

「ははっ。……ゴルシ島って実在したんだ」

 それが世間一般に知られたする名前かは兎も角、少なくとも彼女にとって『ゴルシ島』とは、特定の場所を指していたらしい。確かURAファイナルズを終えて少し経った頃に、ゴルシがやけに『一緒にゴルシ島に行こーぜ!』と騒いでいた記憶がある。当時は「どうせテキトーなことを言っているのだろう」と軽く受け流していたが、まさか本気で島一つを用意しているとは思わない。今更ながら、若干の申し訳なさを感じた。

 『ゴルシ島』――その場所は気楽に行くには難しいが、決して行けない距離ではない。

「折角だし、行ってみようか」

 これからは時間もあるし、と。トレーナーは立ち上がるのだった。

 そして船を乗り継ぎ数時間、トレーナーはついに『ゴルシ島』へと辿り着く。案の定、何も無い無人島ではあったが、しかしそれでこそゴルシだなとも思う。人の住む普通の島に勝手に自分の名前をつけるなんて、ゴルシらしくもないからだ。

 十年以上の時を超えて『ゴルシ島』に着いたことを感慨深くも思うものの、こんな未開の地に長居する訳にも行かない。早速とばかりに、トレーナーは件の地図を取り出した。

「えっと、バツ印の場所は……?」

 地図を見ると、ゴルシの残した印は島の中央付近に佇む洞窟を指し示しているのだと分かる。獣道すら見当たらないが、強引に進むことにした。

 島を歩き、数十分が経過した頃。
 トレーナーは目的の場所に辿り着く。

 そして。

「……これ、は」

 そこにあったのは。そこで見たのは。
 ゴルシが一人で作り上げたのだろう簡易的な生活スペースと、それと。

――『トレーナーありがとなパーティー!!』と書かれた、小さな横断幕であった。

「……なんだよ、それ」

 そこかしこに散らかるデコレーションは、風化し砂を被っている。まるでパーティ会場がそのまま放置されたかのような――否、「まるで」では無く、まさにその通りなのだと理解した。

 後悔した。
 ちゃんとあの日に一緒に来てやれば良かったと、死ぬほど後悔した。自分の為にここまでしてくれた女の子を好意を、軽い気持ちで無碍にするなど、そんなの有り得ないだろう。

「……ごめん、ゴルシ」

 手遅れだとは知りつつも、彼女には届かないと知りつつも、口にせずにはいられなかった。

 だが同時に、不思議に思うこともある。
 ここまでパーティーの用意したのであれば、あのゴールドシップなら無理やりにでもトレーナーを連れ込むはずだ。口で断られた程度で、諦める彼女ではない。……何故ゴルシは諦めたのか。

「なんだろう、これ?」

 ふと見つけるのは、木のテーブルに置かれた一つの箱。ゴルシの手作りなのか、やけに手の込んだゴルシ印の細工が施されていた。一体この箱を作るのに、どれほどの時間を掛けたのか想像もつかない。

 トレーナーは慎重に、その蓋を開けてみる。

 その中身は。

「……っ!」

 ノートの切れ端。
 勿論ただの切れ端ではなく、『ゴルシちゃんと結婚出来る券』と彼女の字で書かれた、世界に一枚しかない貴重な切れ端だった。

「…………」

 箱は本気で作った癖に、中身はただのノートの紙切れで済ませるとは、相変わらず訳が分からない。
 だが冗談だとは思えなかった。

 すると、芋づる式に過去の記憶が蘇る。

「そうだ、思い出した。確か、ゴルシが俺を連れて行くのを諦めたのは――」

――新しい担当ウマ娘が決まったと、ゴルシに伝えた日からだった。

 その日からパタリと、『ゴルシ島』という単語を聞かなくなったのだ。

 だとすれば、だ。
 
「……もしかして、俺のために諦めたのか?」

 元々告白するために、このゴルシ島を用意して。

「……次の子の、邪魔にならないように」

 その気持ちを我慢して、忘れようとした?

「……ゴルシ」

 彼女の名を呼びながら、トレーナーは近くのソファに座り込む。頭を抱えて、目を見開いた。

 もしあの日、彼女とゴルシ島を訪れていたら。
 もしあの日、彼女の告白を聞いていたら。

 果たしてなんて答えていたのだろう。

――『そうかそうか、そりゃ良かったなトレーナー!オマエ、アタシの才能に頼りっきりだったから、次の仕事が無いんじゃねぇかと心配してんだよ!』

 分からない。十年以上昔の、あのときですら判然としなかった感情が、今頃になって分かる筈もない。

「ゴルシ……っ」

 今日までのトレーナー人生は、間違いなく幸せだったと断言出来る。他のウマ娘たちと、全力を尽くした日々は楽しかった。

「ゴールド、シップ……ッ」

 でも、それでも。
 不意に見つけてしまったifのルートに、トレーナーの目からは涙が止まらなかった。

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