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日々を心地よく過ごす 


この日記を書こうと思った経緯はこちら。

https://note.com/coma_majo/n/n87f72b78a73f

周回遅れでやってきたマイブーム。今更ながら、片っ端から亜美衣さんの著書や、引き寄せ関連の記事を読み漁っている。


引き寄せの法則って、結局のところ、自分が出している波動と同じものを引き寄せるよってこと。類は友を呼ぶとはこのこと。

だから、いつでも自分を心地よい状態に保つことを実践として取り入れていくわけだけれど、ここで痛いほど思い知らされるわけ。

自分のことなのによくわかんない!って、、、

今までどれだけ自分のことを蔑ろにして、見えない世界をおろそかにしてきたかってことを目の当たりにするんだよね。

今まで信じて疑わなかったことが、実は、すべて思い込みや勘違いなのかもしれないのだから。恐ろしや。

自分の心地よさや、本来の自分が望んでいるものがわからなくなるくらい、外側からの刷り込みによる影響って大きい。

「引き寄せがうまくいかない」という状態を考察するに、自分が望んでいるものが現実になっているということは、うまくいかない現実を望んでいるってことになる。まずは望み(と思い込んでいる偽の願い)の裏に隠れている本心に気づけてないのかもしれない。

そういう場合、今まで「好き」と思っていたものさえも、ほんとうに好きなのか?疑ってかかってみたら、アレ⁈ってなること多い。


わたしが、オーラソーマの世界に飛び込んで、一番最初に向き合わされたのは自分に嘘をついてた!ってことだった。

偽りの着ぐるみを着込んでいた自分との対峙させられて、いかに世間的によく見られたいか、まわりの目ばかりを気にして作り上げたキャラを演じていたかのか。気付かされるたび、ギャフンとなってたもの。

大前提として、ほんとうの自分を知ることが基本のきなんだと思う。


何冊か読み直してみてるのだけれど、
今更ながら、引き寄せの法則はほんとうに面白くって、今一度自分が実践してきたことを振り返ってみようと思う。

記述が見やすくて、実践しやすいなって思ったのはこちら。

亜美衣さんが紹介してくれている60個の法則をチェックしてみれば、
自分を大切にできているかよくわかります。

やるべきことが、わかりやすく簡潔に書いてある。
私のように回り道したくない人は、つべこべ言わずにこの本を読んで実践するのが近道。



オーラソーマの世界を知って間もなかった頃、師匠にこんな質問を投げたことがある。

「わたしがオーラソーマで目指すことがあるなら、なんですかね?」


なぜ、こんなぶっきらぼうな質問をしたのか。

欲しかった答えは、
「あなたの進むべき道よ!」とか、「お役目を果たしなさい」とか、、、

唐突に大抜擢を受けて人生ガラリと変わりました!的な、ファンタジー映画によくあるお告げをどこかで期待していたわけで(恥ずかしい)

何よりあなたなら大丈夫!と太鼓判を押されたかったんだと思う。
自分には価値がないと思い込んでいて、一ミリも自信が持てなかったから。


師匠の答えは明快だった。

「人生を楽しむことだよ!」


へ⁇
と、拍子抜けしたのを覚えてる。笑


でも、そりゃそうだ!とすぐに納得した。

心のどこかでドラマティックな展開を望んでいたわたしは、自分の人生を他人に委ねて、ただひたすらに白馬の王子様を待ち続けるような、どこまでも他人軸なドラマを生きていたことになる。

今までの生き方に違和感を感じていたから門を叩いたわけで、誰かのために生きなければ価値がないとしたら??奴隷と一緒だ。

さて、そこからが、ほんとうの自分のタイムラインに戻るため矯正の時間。

それなりの時間もお金も要したけれど、真剣に自分に向き合い、どっぷり好きな世界に浸る時間は、何にも代え難い最上のギフトだったと思う。


空前の引き寄せブームが巻き起こった時、わたしのまわりにも本やブログに夢中になって実践している子が沢山いた。

勧められてパラパラ読みはしたのだが、時短で簡単に、思い通りに!といった謳い文句に惹かれて試してはみるのだけれど、
期待通りの結果が起こらないからすぐにフェードアウト。

そんなの当然の結果だと、今ならよくわかる。
大切なことはシンプルだ。
この一説の通り。

「引き寄せの法則」を理解する上で大事なのが、とにかく、「今の自分」と同調する人や出来事を引き寄せるということ。

奥平亜美衣さん著「幸せになる60の法則」より


単純に“自分自身が発してるもの“と同調しているものが引き寄せられるという、一番肝心要なところを見落としているか、スコンと抜けてしまってたんだと思う。

すべては、日々の暮らし方、過ごし方の些細な選択から創られているのだから、にわか、一夜漬けの心地良さでは「満たされていない」という想いだけが強く残るもの。そして、いかに日々粛々と「心地よさ」を継続できるかが大事。


例えば、60の法則の実践編の1個目は

基本1 なんでもない毎日を祝ってみる

これを毎日続けてみる。


わが家で某Cの影響で始めたのが、名付けて「毎日がスペシャル晩酌」笑

家飲みが定着してから、
とにかく毎晩の晩酌を何かにこじつけて乾杯している。

どんな状況であれ、楽しめるか否かなんだと思う。

そして、寝る前に必ず、「今日も一日幸せだったー!ありがとう!」と言ってから寝ること。これも継続してる。

口に出して必ず言うようにしてみたら、
言わないと気持ち悪い。数秒で眠りにつくので(秒で寝れる人w)
すごく幸せな気分で眠りにつける。

寝ている旦那様と愛犬の顔を見て、あったかい部屋で、あったかい布団で、今日もご飯を食べ、何不自由なく、事故も怪我もなく一日暮らせたことを思うと、すごくありがたい気持ちでいっぱいになる。

本当に、心の底から感謝して眠りにつく。今日も奇跡のような”有難い”時間を過ごせたんだなって。


日々の暮らしの中にいかに幸せを見つけられるか?視点を如何様にも変えてみる力が創造する力なんだと思う。

この視点は、アインソフの物語にたっぷり描かれているように思う。


オーラソーマでは、マゼンダの色彩の言語に「小さきことへの愛」とある。これは気付きの視点なんだと解釈している。視点が他者や外側に向いている場合、小さなことにも「気がつきすぎる」お節介さんになってしまうと、途端に、思い通りにいかないことへの苛立ちが湧いてきたり、お節介が度が過ぎて、口を出しすぎる、手を出しすぎる、やり過ぎてしまう、、、といったトラブルの原因になる。
わたし自身も、マゼンダ的に他者への献身を美徳としていた時期があったけれど、哀しいかな尽くしたところで、満たされることはない。マゼンダは日本人的な色とも言われていて、
四季を愛でる繊細さとか、きめ細やかなおもてなし術とか、そのベースにある察する力、慮る力って素晴らしいものだけれど、行き過ぎてしまうと苦しみの原因になってしまうんだよね。
せっかくなのだから、日本人の持つ繊細な感受性を、他者や外側でなく内側へと向けて、亜美衣さんの言う”幸せになる心の訓練”に向けていこう。
自分を心地よくできるのは、自分だけなのだから。




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