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#275 慣れていく1日

おはようございます。 フミオです。

今日は、今朝の只今感じたことをnoteします。


■ちょっと、罪悪感から始まった1日

 今日は、27日月曜日。この日は予てから決まっていた検診日です。仕事を辞めると決めてから、仕事をしていた際には全く気にしていなかったこと、健康。退職したら「どうしましょう?」と考えていた健康診断!

従前に、通知が届いており手続きし結果が今日。そして、検診の内容は「大腸がん検診」、検診の通知もよく目をとしていなかったんです。ただ2日分を採便して持っていくだけだったんですね。

時間のちょっと前から、通知をよくよく見返すと大腸がんの検診以外のことが書いてない。ダメですね頭は、退職前のまま。検診日=「いろいろ検査する」と勘違いに気づきました。これなら、仕事を休む必要なかったかも・・・、反省。

■週のはじまり月曜日の検診場所へ

 駐車場から車がたくさん止まっています。検診場所からは、検診を終えた方が車へと向かってきます。何となく、私の生活に馴染みがない中、車に向う流れに逆らうように会場へ。

会場には、約30~40席が用意され、会場の入り口で数字の書いた整理券を持って椅子で呼ばれるのを待機して待つのだろうか?と想像しながら、席が空くのを待っている・・・。私よりも、どう見てもシルバーな皆さんが順番を待つように無言で座っている。

この光景は、前立腺がんの検診と時と全く同じだな~と心で思いながら眺めていると最前列の席が空く、座って市町村の職員の方なのか「さんじゅう 〇ばんの方~」と呼ぶと、待機の席から男性がその職員のいるテーブルに向い採便した容器と書類をおき、職員の問診を受けるという運びのようだ。 

私の番号は50番台、まだまだ先だな~と考えながら、問診に呼ばれ席を立ち職員の会話を眺めていく。そんな光景に「始めてだらけだな~、これからはこういうこと~。」と思った。

■どうしても、仕事目線でものを計る習性の私

 自営者等(第一号被保険者)、専業主婦等(働いていないサラリーマンの妻など)(第三号被保険者)の健康診断。

「特定健康診査」ってやつだな?と思って、考えてしまう社会保障制度で仕事をし、介護を勉強する学生に講義する講師の私。しかし、しっかり制度をしっかり理解できていないことと、こんな感じでやるんだな~と再認識しきり。

ぼ~っと杖をつかいながら、テーブルに向う男性を眺めながらその方の問診を眺めていると!その男性が「ガッと足を開き、踏ん張るように椅子から立ちあがる」光景が自然と飛びこんでくる!検診会場は、体育館のようなツルツルする床、その男性は会場のスリッパを履かずに歩いている。

そして、「ガッと足を開き、踏ん張る~」動作を目撃!

心の中では、スリッパを履くと床との感覚が伝わり難いのか、それとも歩きにくいのか?転倒が心配!!と勝手に妄想が走る・・・。悲しい私のサガ。

■身近なことを知らないことが多いこと

 私の知っている高齢な方の生活は「やっぱり断片的で、頭の中のものなんだよな」と思いました。当たり前と思っている日常の中に、私が感じてしまう当たり前のリスクがある生活。

これがこれからもっと目立つか、自宅から出てこなくなり見えなくなり、困りごとして意識されずに隠れてしまい個人ごとで止まり、私たちの語れるのは、救急搬送されたり、誰かに気づかて大変なことになってからなんだろうな~?

身近の気づけても日常にしてしまう気持ちと、リアルな境を確認して、改めて知らないことを知りました。

■慣れていく1日

 この知らない日常に慣れていくんだな~と自宅に戻り、一人思いました。今日のこの瞬間までの私は、退職前の側から退職後の自分を考えてこれからを考えいたんだと!

これから、考えることは、退職後に身を映しながら、これからを考えていかにといけない。そして、退職前と退職後に、シフトしていく時の「今日の慣れない感じ」をズーっと持ちながら、自分に慣れて知っていくこと。

その為に、退職して今を生きているのにね。

■今日のnote

 誰かのために生きていくことは大事だけれど、誰かの役割を担って責任を感じて生活するのは違うよね。誰かのために生きても自分ごとを担って支えあっていく。

誰かの役割を担うのは仕事だから、仕事をしながらどこか仕事観のない生き方を歩きたいと実現する。今朝の気持ちを書きました。
 
 

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