目の前にあるもの(15


マナヒでの朝は早い。

わたしは常に、バァバの離れにいて

他の巫女との交流がほとんどない。

多分、わたしがここにいる事さへ

知らない方々もいらっしゃる。

ここで何をするかといえば。。。

毎日、毎日

火起こしの練習。

自分で一から火を起こし

バァバが薬草を煎じる準備をする。

こんな事ばかりしていて、わたしは

後を継げるのかしら。

そんな風に思う事も時たまあるけれど

バァバの煎じる薬草は何百、何千とあり

これがまた面白い。

少しの薬草の違いで、香りが変わる。

少しの量の違いで、効能も変わるらしい。

その為にも、火をどのようにおこし

準備をするのか大切なのは分かる。

けれども、やっぱりずっと同じことをしていて

不安になる。



「ヒノコや。火には気持ちがあらわれるぞ。」



バァバはわたしの心を見透かすように言った。



「ヒノコよ。焦ると火の色は変わる。

不安になれば、火の強さは変わる。

そなたがおこした火なら、そなたの火になる。

そなたには、火の違いが

まだ分からないのだろう。

だから続けなくてはいけない。

小さな変化に気がつける事が

何よりも大切だ。

大きな変化や目に見えて分かるものは

誰にでも分かる。

けれど、世界は目に見えないもので構成され

それらがあわさり目に見えているだけだ。

見えるものさへ

細かく細かくみていくと

全ては目に見えないのだよ。

だから

小さな変化に気がつく事はとても大事なのだ。

私達巫女はそうやって

自然の声に耳を傾け、信じて、言葉を授かり

祈りで癒し、ここまで導かれておる。

ヒノコよ。

不自由な環境でも

自分の思うように動けない時でも

目に見えないものの声を聞き分ける事だよ。」

目に見えないものの声。。。

確かに

以前は、好きに野原に出かけて

海で貝を拾い

風の声を、光の道を、土の温もりを感じていた

その感覚を忘れてしまい

霊巫女様の姿ばかりを追っていたのかもしれない。

「ヒノコよ。ここに来てもう新月が三回

まわった。

今宵は満月じゃ。

海へ出たいか?」

「え?!いいの!?」

「こんばんは決して荒れない。

帰る時さへ決まりを守るのならよかろう。

じい様にもあってくるがいい。」

なんだか肩の力が抜けて

心の強張りも溶けてくるのがわかり

それと同時に、右目から一粒の涙が

こぼれた。

「ヒノコや。

心の強張りも、身体の力も

ずっと入れてしまっては

何も見えなくなる。

こうであらねばならぬ。という姿さへ

そなたが作り上げたものだ。

そのようなものに心が奪われてしまったら

そなたの目の前に来ているものには気がつけぬ。

今日は休みなさい。」

「ばぁ様。ありがとうございます。」

わたし

疲れていたのかもしれない。

どうにかして、霊巫女様のようにならなくては。

と。。。だから目の前にある

火の音も匂いも色も変化もわからない。

目の前にあるものさへ気づけない。

そういえば。。。

空にさへ気がつけなかった。

セナの事も思い出していなかったわ。

なんだか久しぶりにセナの事を思い出し

無性にセナに会いたくなった。




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